第2章 11話 悲運の人魚〜標された道〜
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「おいっ、大丈夫か?」
 耳元で発せられる大声でレウィーナは意識を取り戻した。 どれくらい時間が経ったのだろうか、視界がまだぼやけているが赤い物体は見られない。 反対に、ヴァンとジルハは青ざめた表情だった。
「平気……ちょっとくらくらするけどね」
 彼女の周りの水はどこか赤みを帯びている。彼女の血か、あの波の血かはわからない。 だが身体には無数の傷が残っている。
「それより本体はどこにいったか知らない?」
 彼女の上体をジルハが起こした。だが右手にはべっとりと血がつく。 すぐに水によって消えうせるが心配だった。
「来たときにはもういませんでした。大丈夫……」
 ジルハがそう答えたが右手が小刻みに振るえていた。
「そう……と、とにかく水中庭園に戻ろっか。ちょっと話したいことが増えたからね……」
 レウィーナはそういうとにこっと笑って見せた。 表情はすこしこわばっていたが彼女なりの強がりだろう。 ジルハは相槌をとると右手で彼女の肩をを支えながら立ち上がらせた。
 3人は水中庭園の境である水のベールをくぐった。 レウィーナの尾ひれの鱗が1枚1枚姿を消し足が人のものになった。 人間の足になっても傷は残り、彼女の足に生々しく刻まれる。 ごまかしのつく水がないせいか血が流れ始めている。
 レウィーナは一言もしゃべろうとしなかった。 その瞳にはなにか違うものが写っているかのように思えた。
 扉を開けるとベッドの上に座り込んだユースがいた。 まだ多少顔色が悪かったが、本をひろげ何かを探しているかに思えた。 ベッドの近くのいすにアーチェが座っており、フォールは彼女の頭上で寝そべっていた。
「その怪我……何かあったんですか!?」
 ユースは青ざめた表情でレウィーナの元へ駆け寄った。 レウィーナの体から流れ出てくる血が床に跡を残す。
「こう見えても鱗族の人魚よ? 人間以上に生命力はあるからほっといてもそのうち治るわよ」
 支えてもらいながらも1歩ずつの足取りは重い。 そしてジルハに微笑み彼女はユースの元へ行った。
「でも、手当てはしておかないと」
「……そうね」
 そういうとレウィーナは黙ってユースの手当てを受けた。 彼女の家にあったもので消毒をし、包帯を巻きつけた。 不老不死の薬の元となる人魚の血。 彼女の回復力はすさまじいものだった。血は止まり傷はふさがっていく。 ユースがその目を疑うほどだった。
「えっと……レ、レウィーナさん」
 ユースが今度は左の腕に包帯を巻きつけ終わったとき、彼女の口が開いた。
「レウィーナでいいよ?」
「ではレウィーナ、この本……いえ日記ですね。これについてなにか知っていることはありますか?」
 ユースは2冊の本を取り出すと片方――日記にをレウィーナに渡した。 鍵のついた本、サウリースでアーチェが拾ったものだった。 レウィーナはページをめくっていくと同時に手が震えていく。
「……どこでこんなものを?」
 目を丸くしながらもユースに問いかける。
「今は廃墟となしたサウリースの人家からです。瓦礫の中からこの本と歴史書が出てきました。 人魚のことも書かれていましたので大体のことはわかっています。 日記……のようですが、この本の持ち主のことを知っているんですか?」
「……知っているわ。4年前にいろいろと……」
 その日記を手にし、彼女はすこし悲しげな表情を見せた。
「4年前? それって人魚に起こった悲劇のことか?」
 いすに座ったヴァンが足をぶらつかせた。 頭の傷の包帯をアーチェに取り替えてもらっていた。 血がついた包帯には彼の傷が深かったことを物語っていた。
「そうよ、さっき話したこと。でもその話には続きがあるの。 4年前に地上に上がっていった人魚たち……その中にはわたしもいた」
 レウィーナは日記を見つめたまま話を続けた。 ページをめくることに何かとこみ上げてくる。
「人魚だって姿かたちは違うけれど人を思う気持ちは一緒。 もちろん恋だってするわ。……私は友達と地上に上がった。サウリースにね。 そしてわたしは恋をしたの。彼……この日記帳は彼のもの。まだ幼かったけれど大好きだった。 けれどほかの人間たちは不老不死になりたいがために私と一緒にきた仲間を殺した。 そして彼が……私をかばって殺されたの。涙を流す暇さえなく人間達は襲ってきた。 残った人魚は私と親友の2人だけ。なんとかして水中庭園に戻ろうとがんばって逃げたわ。 だけど……最後の最後に親友は殺された。地上に上がった人魚のうち私1人だけ生き残った。 せめてもの償いとして彼女達のお墓を作ったの。 けれどね……親友の……アイファの死体はなかった。……さっきヴァンとジルハには話したわね」
 それを聞いたヴァンとジルハは相槌をとった。 レウィーナは最後のページを見た瞬間に涙が零れ始めた。
 <これを彼女に……>
 紅い文字は彼の血だろか、哀しい事実がこみ上げる。
「でもさっきね、ブラッド・ウェーブの……その中にアイファ――親友がいて…… なんでかわからないけれど……彼女がいた。死んだはず……なのに」
 日記は床に落ち、頭を押さえ先ほど起こったことを思い出そうとレウィーナは必死だった。 混乱しきった状態。その身体からは汗が溢れ出してくる。
「……その少女、首から下げている鍵を提げてませんでしたか?」
 話の途中でユースが言った。 なにかに驚いたかのようにあわてたそぶりだった。
「そうよ……何で知ってるの?」
 抑えた手を緩めレウィーナは顔を向けた。
「さっき不思議な夢を見たんです。たぶんその少女が出てくる夢を……。 多分日記を持っていたから影響されたんだと思うのですが心当たりがあります。 彼女が今いる場所……私わかるかもしれません」
 ユースは首から提げている封印石のペンダントを握り締めた。 それに目を落とすと何かを決意した表情をし、立ち上がった。
「レウィーナ、あなたの具合がよくなったら……人魚の墓に行かせてください」
「……わかった。あと少し休めば私はもう大丈夫だから」
 そしてレウィーナはユースに笑いかけると立ち上がった。

*…*…*…*…*

 ジルハの肩を借りながらもレウィーナは立ち上がり先ほど行った人魚の墓へ向かった。 水のベールを纏い、瑠璃色の水の中を歩いた。
 しばらく行けば先ほどの光景が伺えてくる。 深海に並んだたくさんの十字架。
「確かこの辺りに……」
 ユースはその墓の中心地に駆け寄った。 自分の夢と掛け合わせあの時とそっくりな居場所を見つけたからだった。 その場には墓はなく、その地を囲むかのように十字架が並ぶ。
「ここが……なんなんだよユース?」
 ヴァンが首をかしげる。
「ユース様はここがなになのかご存知なのですか?」
 アーチェがそういうとユースはうなずいた。 ユースは1つ1つ十字架を手探っていった。 そしてある十字架の前で立ち止まった。 そっと手を触れると周りが一変した。 十字架に囲まれていた深海の地面が急に無くなり底が抜けたかのようだった。
「……こんな場所があったなんて、私も知らなかったわ…… とにかく行ってみましょうか?」
 そういうとレウィーナは潜っていく。 どこまでも深く続く。そんな場所には沈黙という名がよく似合う。 ふいにレウィーナがとまった。底についたからだ。 太陽の光が届かなくなりあたりは闇にと包まれた。
「ここは……やっぱり夢と一緒ですね……」
 ユースは辺りを見回し言った。 真っ暗な闇の中で彼女は能力を使い"光"を生み出した。 その光で皆を確認する。
「ここに……いるのか?」
「多分……ブラッド・ウェーブ自体がいるかと思います。あの少女も……」
 光をともした水のベール、レウィーナが先頭を切り進んでいく。 暗闇の中、それが唯一の光。足取りに注意しながら進んでいった。 だが急にレウィーナが止まった。
「どうしたんだレウィーナ?」
 ヴァンはレウィーナに話し掛ける。
「アイファ……」
 その言葉を彼女は発した。 彼女の向こうには深いマリンブルーの長い髪の少女がこちらを見ていた。 その尾ひれには彼女に絡まるかのような赤い物体があった。 額には蒼白の光。その光に共鳴するかのように、 ユースの胸元にある封印石の欠片が光りだし、少女の額を指し示す。
「やっぱり……封印石ががかかわっていたんですね……」
 ユースが少女の顔を見つめる。 その顔つきは悲しそうなものだった。

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