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第2章 14話 紅の月〜疑惑の渦〜 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― しばらくの間、ユースは震えが止まらなかった。 何におびえているのか自分自身でもわからない。あの人に恐れを感じているのだろうか、と彼女の中で思考が巡る。 彼女の真名をを知る人物は極僅かだ。 ヴァンとレウィーにはファーストネームまで名乗ってはいない。 もし彼が知っていたとしてもアルスに教えるほどの時間はなかったはずだ。 だがアルスはユースの真名を知っていたのだ。 銀の髪と蒼い瞳、その特徴を持つのは十年前に消え去ったエルエン族のみだ。今は自分一人だけ。 だが王族やランフォード族のように一般に知られている一族とは違う特殊な一族をどうして知っているのだろうか。 「……ユース、大丈夫?」 レウィーは事の現状を察していたが雰囲気に耐え切れなくなり声をかけた。 だが顔が真っ青になった少女にレウィーは驚きを隠せないでいた。 「大丈夫です……少し驚いてしまっただけですから」 一生懸命笑おうと努力しているのか、かすかな微笑みを見せると彼女は立ち上がった。 まだ足が震えているのを見てアーチェは気苦労を増やすだけだった。 「ユース様、飛空艇で休んでいてください。封印石の手がかりは探してきますから……」 「いいえ、本当に大丈夫ですから。それにそれは私がしなければならないことです」 彼女は首から提げている封印石の欠片を強く握り締めた。 「行きましょう、目的を探しに――」 *…*…*…*…* アルスから逃れ胸をなでおろしたヴァンは鉄鋼の通路を歩き続けていた。 歩くたびにが鉄の軽快な音が響いた。 厳重に警備されているそこは監視カメラの音が聞こえる。 機械の開発を進めている本部であるからこそ、このシステムは凄まじいものだ。 カシラに会うためにはいろいろな検査を受けなければならない。 ヴァンは自慢の剣さえも没収されてしまった。不服な表情を見せたが彼は進んでいくしかなかった。 通路の先の紅月のマークが入った大きな扉の前で彼は止まった。 脈が早く打つのがわかる。緊張しているせいだろうか、彼は小さく深呼吸をすると扉をノックした。 「失礼します」 部屋は机といす、そして積みこまれた本に客席用のソファーぐらいしかなく、殺風景な部屋だった。 唯一大きな窓ガラスのおかげか、光は差込み雰囲気を明るくしていた。 だが写す景色は淋しいものがある。荒れ果てた野と街、対照的な2つが接している。 しかし街といっても住むのは貧しく脅える人々のみだ―― いすにすわる大きな刀傷を顔に負った青年は立ち上がった。 まだ若いはずだが浅黒い肌に白い髪は映えていた。だが白髪のせいか老けて見えてしまう。 背はヴァンより大きくまだ若そうな青年だった。 「遅い到着……だな」 そう彼は言葉を放った。態度には威厳が満ちておりヴァンが怯む。 2年ぶりに会うカシラの姿は全く変わっていなかった。 「そっちが急に呼んだんじゃねーか。俺にだって都合があるんだ」 ヴァンはすぐさまに言い返した。 カシラに対しての態度とはいえないものだった。だが青年はその反抗に驚きはしなかった。 そしてヴァンはずかずかとカシラの前まで歩いた。 「相変わらず態度はでかいな。まぁいい、2年ぶりか?」 「……ああ」 2年前に聞かされた事は忘れない。 自分が紅月にいる理由が見つかったのだから―― 「なにぶんルーガスの表と裏を取り締まってるからな…まぁ、いろいろとお前のうわさは聞いてる。良いことも悪いこともな」 そしてヴァンに笑いかけると机の引き出しをあけ、何かを探し始めた。 「で、今回はなんで呼び出したんだ?」 ヴァンはソファーに座り込んだ。 窓ガラスの向こうは見ないように、天井を仰ぎながら。 「用件は2つ。1つはお前に仕事が入っている。どっかのお偉いさんからな」 カシラは引き出しの奥から何枚もの資料を引き出した。 そして自分もヴァンの真正面に座った。 「盗人? ……それともトレジャーハンターのほう?」 ヴァンに回ってくるのは大抵盗人の仕事だった。 偉い者は自分の利益を上げるため相手にとって有利なものを奪おうとする。 それを請け負うのは自分ら紅月の仕事だ。 トレジャーハンターの仕事が入るのはめったにない。 「トレジャーハンターのほうだ。お前らの力量を聞いて、とのことだ」 予想もしない仕事にヴァンは素っ頓狂な声を上げた。 そして用紙のかさばった音とともにたくさんの資料をヴァンの頭に置いた。 彼は資料を手にとると1枚1枚内容を確認していった。 カシラは秘書らしき人物からコーヒーの入ったカップを2つ受け取ると 下がるよう命じ、秘書は部屋から出て行った。 「な、なんで俺みたいな下級なんかにそんな仕事を? ……ってこれ1人で? しかも大陸全部渡んないと終わんないって」 「トレジャーハンターは少ない、そうだろが。それに期限はいつでもいいと言っていた。 因みに言っておくが、お前だけの依頼じゃない。カナタと一緒ってことになってるだろう? お前この活動はあいつとやってたんじゃないのか」 彼はそういうとコーヒーをヴァンに渡した。 カシラは自分のコーヒーを一口飲みカップをテーブルの上に置いた。 カナタという人物の名を出したとたんヴァンはすこし顔をゆがめた。 ゆらゆらとコーヒーの水面にそれが映し出されている。 「カナタか……今連絡とってねーからな。カシラ、どこにいるか知ってるか?」 「さぁな。そこまで把握してるわけじゃない。だがルーガスにはもういないはずだ。……自分で連絡しろ、向こうも資料は受け取ってるはずだ」 カシラはあくまで仕事としてヴァンに接していた。 紅月といえどその社会は甘くはない。 「まぁいいや。やればいいんだろ。カナタともそのうち合流するさ。だけど俺には今やることがあるからしばらくは終わんないからな」 ヴァンはそう言い切ると、資料を置き一気にコーヒーを飲み干した。 口の中一杯に広がった苦味には慣れてはいなかったが、少しでも成長したと見せ付けておきたかった。 「わかってるさ、お前の性格はな。頑固なくせに単純、そして相変わらずやることは遅いものだ」 「……余計なお世話だ」 「さて用件2つ目、2ヶ月ぐらい前の話しだ。空賊が盗みに入ったところを邪魔したそうだな。 ……邪魔しようが何しようが個々の勝手だから何も言わない。だが盗人のお前の仕事が急に途切れた。紅月の連絡とともにな。 聞いた話では仕事そっちのけで何かしているらしいが……」 彼は真剣な目でヴァンを見た。カシラの深緑の目は全てを貫くかのように鋭い。 「……たしかにそうだよ。仕事なのは解ってはいるさ。 そうでもしないと生きていけないんだって教え込まれてきたからさ……」 ヴァンの表情が険しくなった。手に力がこもっていくのがカシラにも解った。 「頭、俺さ今自信がないんだ。 今まで生きてくためには盗みをするのが必要だった。 トレジャーハンターだってそんなに仕事は入んなくて、 結局俺には盗むことしか残されてなかったんだ。 ……それに紅月にいれば親を殺した奴らがわかるし」 彼が5歳のとき、紅月のある盗賊団に両親を殺され独り残されたのをカシラに拾われていた。 それが13年前の出来事だ。 「けど旅をしていてさ、わかったんだ。 世の中には俺より過酷な運命のやつもいるって知ったんだ。 そいつら見てるとさ俺って自分から逃げてたのかもしれないって思うときがある。 こうなんだ、仕方がないんだって気持ちで自分を言い聞かせてきた。 けどこれからは自分の本当にやるべきことを見つけて生きたい。だから盗むのはもう嫌なんだ。 ……トレジャーハンターの仕事も入ったしさ」 自分の道を探したい。自分で、自分自身で―― 「紅月にいる意味無いかもしれないけど……奴らを見つけるにはここしかないからさ」 ヴァンは下を向きながらもそう話した。 だが最後の言葉には憎しみがこもっていた。いつの間にか握った手に爪が食い込み血が滲んでいた。 カシラは彼の決意を黙って聞いてた。そして大きな手でヴァンの頭に手を置いた。 「成長したな、ヴァン」 「俺だって少しは成長してんだって」 ヴァンは頭にそう言われると、認めてくれるようで照れくさくて顔が上がらなかった。 ただ褒められた事があまり無かった彼にとって嬉しいことだった。 「そうだな……お前を拾ってもう13年か……早いな。俺にとっては息子のようなものだ。死ぬなよ」 「今旅してるあいつらと一緒にやることがあるんだ。死ぬわけにはいかねえって。 それに俺はまだあいつらを見つけてない。まだ……俺の両親殺したやつわかってないんだろ?」 カシラの顔が一瞬歪んだ。彼はいまだに両親を殺したものがわからずにいた。 その者を見つけ出すためにも紅月に入っているほうが都合が良い。 仇を見つけ出しけりをつける、それが今の彼の目的の1つだ。 「……まだだ。ちゃんとしらべてるんだがまだ足がつかねえ」 「そっか……」 ヴァンはその言葉を聞くと肩を落とした。少し期待を持っていたのかもしれない。 だが13年間探していても見つからないのは何故なのだろうかと彼は考えた。 カシラに任せてばかりではいけない。自分で見つけなければならない。 今の旅が終わったら仇を探すためにまた大陸を廻ろうと、彼は決めた。 *…*…*…*…* ユースたちは会場にたどり着いた。 その建物は大きなドーム型で周りの景色にそぐわしくなく浮いていた。 荒地に立つその建物の入り口はしっかりと紅月の印がある。 ドーム無いには盗品を売っている場所、他にもなど様々な役割があるようだった。 「……反応はしてないようですね」 ユースは首から下げている封印石の欠片を握り締めた。 彼らは重々しい足取りで会場の中に入っていった。 そして入った瞬間目に入ったのはありとあらゆる盗品だった。 そのことを理解はしていたが、何もしてなくても罪悪感に満ちる。 「ヴァンさんの話ではこういった盗品が収入源だと言ってましたね。 生きるためとはいえあまりいい気分はしないものです……」 来る直前に聞かされたルーガスの実態を彼女は思い出した。 文明の進んでいないグリエット大陸で機械を多用する紅月の収入源は盗品、 そうでもしない限り国が成り立たないらしい。 「でも不思議なものがいっぱい……凄いのね」 レウィーは感心したのか感嘆の声をあげた。 だがそれらは人界において、普通にあるようなものばかりだった。 何十の光を放つ宝石、細工のされた品の数々だ。 「水中庭園のほうがいろいろ不思議だと思うけど」 そこまで感動するようなことではない、と言うかのようにジルハは言葉を放った。 彼女はその言葉の意味に気付くと面と向かった。 「文化が違うの。種族によっては全く異なった世界だわ。 わたしは鱗族、個別文化はそれぞれ独自の価値があるもの。 価値観が違ってもおかしくはないでしょ?」 「そうなのか?」 「……たくさんの国を巡ればきっとわかるよ」 彼はその言葉の意味を理解しきれていなかった。 言葉は大人じみていても他から見ればまだまだ精神年齢が低いのかもしれない。 宝石だけでできた万華鏡、装飾を施された鏡など目をそそるものはたくさんあった。 だがユースはそれを見入ることもなく進んでいった。 封印石の反応が現れるのをじっと待っている。 「ユース様、それらしきものがこのドームの中にあるらしいです。ですがオークション会場なのかは把握できません。何かに妨害されているみたいで……」 「あるのなら、探さないといけませんね」 アーチェの能力でも特定の位置をつかむことができないことを知った彼女は 封印石から瞳を離すことはなかった。 前を向いて歩いていない成果何度も転びそうになったのはいうまでもない。 一行は広いオークション会場を歩き続けた。 会場をすべて見て回ったがどうやらオークションの品としてはないようだった。 ユースは肩を落としたがあきらめずにさがし続けた。 そして彼らが民族系の盗品を売っている場所へ向かったそんな中、 ユースの握り締めていた欠片が光りだした。 光の帯はまっすぐあるものを示している。 すぐそばまできてやっと反応したのだ。いつもとは違った。 反応したのは装飾の美しい方角を示す羅針盤のようなものだった。 中心には青白く光り輝く宝石――封印石だ。 だがユースはそれを見て何かを感じ取った。 「おかしいですね……」 ユースはそう呟いた。 彼女以外おかしい点に気づく者はいなかった。 だがつられてジルハもなにか気づいたような顔つきをしたが彼は口を閉ざしたままだ。 「既に結界が張られてます。通りで反応するのが遅かったんですね。この力からは魔力を感じますね……」 「魔力ってことは魔族がらみがあるってこと?」 レウィーナはユースにたずねた。 「そういうことになりますね」 ユースがそういうとジルハの顔がすこしゆがんだ。 彼もその魔力を感じ取っていたのだ。 半魔族である彼にとってこれほど不可解なことはない。 「この結界を張ったものが解かないかぎりこの欠片をとることはできませんね」 ユースはすこし残念そうにそういった。 だがそれを手にしない限り封印石は集まることはない。 「価格は二万センズ……ユース様、今手持ちはどれくらいですか?」 アーチェはおそるおそる聞いた。二万センズもあれば二ヵ月は普通に暮らせる額だ。 「えっと……一万センズぐらいでしょうか。私たちがもっていた物を売ったとしても合計でいくか、いかないかですね」 「あいつが最初あったとき盗んだ物はすでにセンズにかえてるもんな」 2ヶ月前ヴァンが盗んだものはとうに売ってしまっていた。 すでに手持ちのセンズはそうなかった。 「これからの旅の経費のこともあるし、センズ足りないね。……ユースの能力で創っちゃえば?」 レウィーナはそう冗談交じりでユースに言った。 「それはだめですよ。違法になりますからね。でもお金の問題は回避出来ませんね」 能力で創ってしまえば簡単だったが彼女はそれを許さなかった。 一向はその場で考え込んだ。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― |