第2章 16話 紅の月〜混沌〜
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 試合開始とともに合図の音は響き渡り3人はそれぞれ分かれていった。 ヴァンはそれとともに剣で飛び掛ったがそう上手くはいかなかった。 背後より奇襲され危うくも相手の殴りに反応できた。 それが勘にさわったのか、彼は相手の腹部に剣をいれ斬るわけではなくただ投げ飛ばした。 自分のせいで死なれるとそれなりに困るからだろう。 そして剣から炎を発し相手を威嚇し、間合いを取っていた。
「やっぱりキツイなっ……」
 少し弱気にそう呟いた。だが勝たなくてはいけない。残らなくてはいけない。 幼い頃、生きるためには勝つしかないことを教えられた彼にとってそれは当たり前だった。 自分の力を信じ、剣を振りかざして相手を倒していった。
 アーチェは場外近くにいた。周りにはたくさんの敵がいた。 女だからか、男たちは弱きものを見る目で彼女を見ていた。 だがその中をスッと彼女の腰布がたなびいた。 自分より大きく体格の良いものの中へと彼女はむかっていく。 相手の頭上に足を着くと体をひねり首を手刀でついた。 経穴を突けば大の男でさえ地面へと崩れていく。 その身のこなし方はランフォード族独自の戦闘術だった。
 だがアーチェ少しためらいもあった。手に入れる力を加減しながら戦っているのだ。 それは慈悲深きものだった。だがそういっている間に後ろをとられてしまった。 彼女は動じることなく腰布の後ろにある小さなナイフをすばやく取り出すと 振り向き敵の首筋に向けた。相手は怖気ついたのか両手を挙げた。 アーチェはそれを見てナイフを下げようとしたが向こうは彼女に飛びかかろうとした。 だがそれにアーチェがやられるわけもなく、軽々と蹴り上げ相手を場外にだした。 倒れた敗者は機械によって自動的に領域外に出されていく。
 それを見た彼女は少し罪悪感に襲われつつも軽やかに手刀でつき、 決して殺さぬよう多少の手加減をしながらも次々と自分より背丈あるものを沈めていった
 その様子を上の観客席でユースとレウィーは見ていた。 ただ心配の一言で、彼女たちは目で必死に動きを追った。 画面には次々と少なくなっていくチーム数が表示されており、 現在の配当金が明確にわかる。目標金額まであと少しだった。
 アーチェの動きを追っている途中、レウィーはふと頭によぎるものがあった。 ――ランフォード族、護人のことを。
「昔聞いたんだけど……ランフォード族って王族の護人なんじゃなかったけ? 失礼かもしれないけれど……どうしてユースに?」
 鱗族は海を管理する護人であった。 同じようにランフォード族は人界総ての王族を護るのが彼らの護人としての使命だ。 一人に忠誠を誓い命の限り守り抜く。それは王族限定なのだ。 またユースも護人であり、エルエン族は封印石を護るように――
「……アーチェは昔能力があることから迫害を受けていたんです。普通は持たないものを持つ者の宿命ですね」  能力はだれでも1つは備わっているものだがそれに目覚めるものは希少であった。 それを欲しがる者もいれば忌み嫌う者もいる。 「……一族が滅ぼされ、孤独だった私を見つけてくれたのは彼女なんです。多分自分と同じような立場の私をほうっておくことができなかったんでしょうね。 それからですよ、彼女が私に尽くようになったのは。……アーチェは私と違って優しいですから」
「ユースも十分優しいと思うけど……」
 そう言うとユースは苦笑した。

*…*…*…*…*

 少年にはまだ荷が重すぎたのか開始10分足らずでジルハは息を切らしていた。 思うように身体が動いてくれずにいる。 「フォール!」
 左腕に変化していたフォールを呼び覚ますと形状がかわった。 円形の盾へと変化し、ジルハは剣を戻し防御に専念した。 自分より体格の良いものが多いからか仕方は無いとはいえ、 なかなか攻撃を与えることができなかったのだ。
 周りからは少しずつ血の匂いが充満してくる。 惨い試合とはいえこれは自分から参加を希望したからにはやり通さなければならない。
「……変な竜だ、お前のようなちびにはぴったりだ」
 不意に相手となった数倍の背丈の男がフォールをそう称し挑発してきた。 それを聞き、彼はいらつきながらも防御に専念するしかできない。
だがそれもかなわず相手の剣先がジルハの肩を刺した。血は流れ彼は小さな呻き声を上げた。
 血の匂い、死者の骸、彼の脳裏には昔に起きた国の内戦がよぎった。 この場もそうなるとしか言いようが無いほどの勢いだからだろうか。 それともこの痛みのせいだろうか、と彼は考えたが橙色の瞳が真紅へと変わり始め、 あたりには殺気が増した。魔族の血が騒ぎ出したのだ。
 フォールを手放すと彼は人が変わったかのようだった。 瞬間的に移動し相手の背後をとるとためらいも無く斬りつけていったのだ。 瞳には光が無く血が飛び散る中、彼はそれを見ても何も感じないようだった。 もう一人のジルハがそこにいたのだ。
 ヴァンはそれにいち早く気づき、急いで駆けつけようとするも周りを囲まれてしまう。 ジルハは我を失ったかのように相手に切りかかってく。 倒れたものは機械により自動転移する。その様を見てユースたちも立ち上がった。 ヴァンは覚えある殺気に身体が思うように動かなかった。
 半魔族ともいえないほどのジルハだが、その殺気は本物だ。 炎を発しながらもヴァンは必死で駆け寄った。 このままだとジルハ本人が目覚めたとき嫌悪に襲われるだろう。
「ジルハ!!」
 やっとの思いで彼の懐に入ると腹部に拳を入れた。 紅い瞳は段々と橙へと変わっていき瞼をゆっくりと閉じると、彼は気を失い辺りに籠めあっていた殺気がふっと消えた。 ヴァンの肩へ彼の身体全身が身を委ねられた。彼は周りの敵を見ず、まっすぐに領域近くへと進んでいった。 炎が彼をまとい結界のようになり相手は近づくことができなかったのだ。 ヴァンはその炎を熱いとも思わずただ進んだ。
 ジルハを領域外に出すとフォールがヴァンによってきた。 心配しているのか辺りをうろうろとしている。
「フォール、ジルハのそばにいろ!」
 フォールは領域外へ出ると気を失ったジルハのそばへと駆け寄った。 そこへユース、レウィーも駆けつけた。ヴァンも少し安心し戦いの場へ戻ろうとした。
「ふ〜ん……あの子魔族なんだ?」
 ふいにアルスの声がヴァンを襲った。彼女もこの大会に参加してるのを彼は忘れていた。
「アルス……いつからそこに……」
「あらら、ずっといたけど……先まであの子と遊んでみたけどだめ――」
 その瞬間アルスが後ろへ蹴りをあげた。それはぶつかり合いアルスは一歩下がった。相手は――アーチェだ。
「まだ……終ってない!」
 アーチェの服はぼろぼろになっており、腰布の武器もなくなっていた。 数箇所に傷が見える。どうやらアルスにやられたようだった。彼女は構えなおしアルスを迎え撃った。 アルスは瞬間的に彼女の後ろへと回り込み手刀で首を突こうとした。それはアーチェの得意とする技でもある。 それを彼女がやすやすと受けるわけも無くその手をつかむと、地面へとたたきつけた。 アルスもそれでやられるわけ無くすぐに起き上がり体制を立て直した。 だが布らしきものが彼女の視界をふさいだ。それはアーチェの腰布だった。 ぼろぼろのそれを彼女は投げつけたのだ。その一瞬をついてアルスの後ろへと回り込み、 どこに隠していたのか短剣を首へと当てた。
「終わり……よ……」
 息も上がりアーチェは苦しそうだった。
「……降参しますよ」
 アルスはそう言うと両手を挙げた。 まだあきらめていないかと思ったが潔く負けを認め小型式バンドの機械を壊した。 それをこわすことは棄権を意味する。その瞬間試合終了合図の音が鳴った。

*…*…*…*…*

 ヴァン達が残った結果センズを受け取ることはできたが後味は悪いものとなった。 ジルハはあのまま気を失ったままで暫く目覚めることは無かった。ヴァンはそれを思い出せば身がよだった。
 ヴァンとアーチェもそれなりの怪我を負いしばしの休息が必要だった。 ヴァンの家には幸い医療品等がそろっておりそれなりの処置を行うことが出きた。 アーチェは包帯を両腕に巻かれていた。アルスがそれだけ手ごわい相手だったと思わされた。 あそこで降参されなかったらどうなっていたのだろうか――そう思うたびに彼女は自分の力の無さを感じた。
 ユースは羅針盤を購入することはできたがその様子に不安をよぎらせていた。 封印石に張られている結界は魔力からなるものに間違いは無い。 だがそれにユースが手を触れた瞬間、結界は解けたのだ。
 一行はルーガスから出国するため、飛空艇へ戻っていた。 そして目覚めたジルハは自分が魔族の血によって起きた出来事を覚えていなかった。 これは幸いだった。もし覚えていたとすれば彼自身が嫌悪し壊れてしまうかもしれない。 そして彼の肩傷も血のせいかほぼ完治しつつあった。
 長い一日を終え、一行は再び新たな地へと旅立った。 目的地こそは決まっていないが羅針盤のせいもあり封印石は新たなる欠片の場所を示してくれた。
「いったい誰が結界を張っていたんでしょうか…」
 ふいに封印石を見つめ、ユースは自分の持っているものと1つにすると 蒼白い光を一点に集め再度結界を張った。羅針盤に設置するとまた蒼の光は場所を示す。
「魔族によるものだとしたら……ねぇ封印石と魔族、どういう関係があるの?」
 レウィーは真剣な瞳でユースを見た。彼女自身魔族とかかわったことが無い故に気分が悪いのだ。
「……封印石はこれを含め、3界に1つずつ存在します。 3つの石によって1つを封印してきたのです。 1つが……この人界の封印石が解けた以上残り2つの封印も解けたとみていいでしょう」
 この言葉に彼等は絶句した。だがアーチェは知っていたらしく、驚いた様子もなく、ただユースのそばで立ちすくんでいるだけだった。 ヴァンが飛空艇に進入したとき、既にジルハはいたにもかかわらず、彼は何も知らされていなかったようだ。不満は募っていくばかりだ。
 3界は天界・人界・地界からなる3つの世界のことだということは この『人界』に住む彼らにとってわかりきったこと――当然のことだった。
「なんだよ……それ。3つの石で封印してきたって……どんな規模だよ。 お前、最初は禍だかが封印されているって言ったよな。 だから各地で何かとバランスが崩れているって。それは人界だけじゃなかったのか…?」
「確かに最初は"禍"と言っていました。ですが確証はないのです。 人界においてはそのようであっても、天界・地界で何が起きているのかはわかりません。 これを護る護人であった私……エルエン族でさえ知らないのです。確かにこの……蒼の封印石は災いを呼ぶ力を持っています。 その力の根源は総てを集めてみないことにはわかりません。もしかしたら魔族は同じように自分達の世界――地界の封印石を探しているのかもしれません」
 ヴァンは混乱し頭を抱え込んだ。封印石は3界にあること時点で、なにか大きなもの ――禍よりもずっとずっと不吉なものが封印されているのではないのか。 ただ自分が進んできた道がここまでの規模のことだとは思いもしなかった。 ジルハ、レウィーとてそう感じたに違いはない。
「おい……ユース。お前古代語の解読作業してるって言ったよな」
 ヴァンに一喝され、黙りきったユースは力なく言葉に頷いた。
「それ、俺にも貸してくれ。俺だってトレジャーハンターやってんだ。古代語はそれなりに解読できる。それくらいの協力はできるぞ」
「……ありがとうございます」
 それは小さな声だったが彼らにははっきりと聞き取れた。
「よし、わたしも決めた。この飛空艇降りて鱗族の仕事片付けてくるわ。 ついでに情報も集めてくる。わたしにはそれぐらいしかできないからね」
 レウィーは小さくガッツポーズをとった。 それを見ていてアーチェの険しい表情は次第に緩やかなものとなっていった。
 おおきな蟠りがとけたせいかなにかと打ち解けることができた。 ただ一人を除いては――

*…*…*…*…*

「こんなとこにいたんだ、リート姉」
 紅月の会場の上に1人の少女――リートが座っていた。 遠くを見つめ、夜の深い闇の中、紫の髪が風でたなびく。リートは髪を掻き上げた。 アルスのつけている装飾品とよく似た大きな丸い髪飾りを取りながら振り向いた。
「アルス……見張るなら上からだろう。……あんた紅月のゲームに参加して得たものはあった?」
 その飾りの向きを逆にすると鏡が現れる それに映った彼女の瞳の色は真紅だ。その鋭い瞳は鏡に向けられる。鏡にはヴァン達一行の姿が映し出された。
「いろいろと、そうだなーエルエンの者と一緒に行動している金髪の少年、彼の瞳の色が試合中に紅く染まった……彼は半魔族じゃないかと思うんだけど。 魔族だったら自分で瞳の色を制御できるはずだもの」
 アルスは手で顔を覆うと一瞬にして彼女の瞳の色が変わった。 ――真紅、魔族の証そのものだった。 リートの持つ鏡に映し出された金髪の少年を指差す。1人不満そうな顔をした少年の瞳の色は橙色である。 「この子ね……確かに先ほどの試合の様子からして半魔族として間違いはないだろう。 だが……おかしい。この子からは強い魔力を感じる……普通の半魔族にしては強すぎるほどの……ね」
 リートは深く考えこんだ。彼を取りまく力は何かと御子を想像させた。 同じような魔力の波動に驚かされはしていたがそれを表情にはださなかった。
「御子様に一応報告しましょう 面白い駒があると、ね」
「……ねぇリート姉、せっかく2人で集めた欠片、間接的だけどあの子達に渡してよかったの? それでは御子様の意に反するんじゃ……」
 すこしためらいながらもアルスは言った。
「これは御子様の御意思だ。御子様はエルエンに封印石を集めさせることに目標を変えた。 我が魔族の呪を解くためには御子様の義姉を目覚めさせ、真実を訊かなければならない。 それには人界の封印石が必要不可欠、そしてエルエンを殺す。それが与えられた使命」
「奪って殺すのか……少し気がひけるけど」
「まだ殺しはしない。すべて集めさせ奴が覚醒する前に、な。アルス、お前は尾行を続けろ、私は御子様に報告に行く。……半魔族のことを含めてな」
 冷たいその微笑みは暗闇の渦の中へ消えていった。

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