第2章 19話 魔の告知〜幻の中の真実〜
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 飛空艇から一向は降りた。目的地"キャンター"に到着したからだ。 キャンターは薄暗く濃淡な霧がたちこもっている。前もまともに見えないくらいだ。
 先の視界に広がるのは延々と続きそうな樹海だ。生い茂った樹々には異様な雰囲気を発している。 樹の高さは見上げれば先が見えるほど普通の樹よりも低い。葉は全て枯れていて寂しげな雰囲気だ。
 ヴァンは一本の樹に触れようとした。だが寸でのところでユースがその手を止めた。
「これは人吸樹と呼ばれる木です。生前は人の姿をしていた者――封印石に関わった者の末路です。 触れれば能力をはじめとする人の力をゆっくりと吸収します。気をつけてください」
(……人の姿をしてたってことは、この樹はエルエン族の――)
 ヴァンの考えは当たっているのはユースの顔を見ればわかることだった。 ユースに初めて会った時聞いた彼女の過去の事柄、魔族に殺された一族の末の姿なのだ。 今でも恨みだけが残り樹となり生きているのだろうか。ユースの表情に力はなくまつ毛は下を向いている。
「この先にエルエンの集落があった場所があります。……多分古代の遺跡も残っている筈です」
 ユースは樹海の先を指差した。獣道より少し幅広の道が続いている。
「もうすぐ日が落ちる頃だけどさ……暗すぎないか?」
「確かにそうね。ユース様、明日にしませんか?」
 その雰囲気を察してかアーチェは応えた。嫌な予感が彼女に走ったのだ。
「……そうしましょうか――」
 ユースもそう応じた瞬間だった。だが急に封印石の光の帯が道先を指したのだ。
「なんで急に反応すんだよ……今の今までなかったくせに!」
 ヴァンいきなりだったので驚いていた。蒼白い光は延々と伸び、暗闇へと続いていた。 だがそれを見るなりユースは誘われたかのように無言で走っていった。今までのように冷静な彼女ではなかった。
「おい、待てって!」
 ヴァン達は急いで追いかけたが視界の悪いせいか、ユースの姿は既に見えなかった。 獣道よりすこし外れた樹海の中で三人は立ち止まった。
「見失った……か」
 ジルハはそう呟いた。道しるべとなる封印石の光はない。
「……仕方ないわね。ユース様、いつもと違う……封印石に取り付かれているようね」
「とにかく、あいつ連れて帰るぞ! 手分けして探そう」
 アーチェは腰布の隠し武器である銀色の刃ナイフを樹に刺した。 この場に目印となるものを残すためである。広い樹海で迷ってもおかしくはない。 だが三人がそれぞれの道を行こうとした瞬間霧が一層と濃くなる。
「この霧……変じゃねぇか?」
 自分にまとわりつくかのように白い霧はあたりを覆い隠した。 ヴァンは咄嗟に手から光を導き出し、能力をだそうとしたが、炎はでなかった。人吸樹のせいだろうか、能力の光の兆しさえない。
「魔力……魔族の力――」
 ジルハが何かを感じたのかそういった。だがヴァンにはその声が途中までしか聞こえなかった。

*…*…*…*…*

 ヴァンが目を開けたが自分の手すら見えない。先ほどの白い霧とは違い、周りは闇に満ちていた。 盗賊として夜目も鍛えていたが、さすがの彼にも辛かった。周囲には誰の気配もせず、自分しかわからないのだ。
「ちくしょう……罠だったのか?」
 最後に聞こえたジルハの言葉が脳裏に浮かんだ。 確かに彼は魔族といった。ならばこれは罠だと考えるのが先決だろう。
 彼は手に炎の球体を光と共にとりだした。すると闇は晴れ、あたりの様子がわかってきた。 アーチェとジルハは周囲にいない。そして壁といったものを見受けられることはなかった。
罠だとするのならば異次元の空間なのか――とヴァンは考えた。
 だがそれと同時に自分の前を小さな影が通り過ぎた。 彼は剣を構え振り向くとそこには幼い子供の姿があった。
「――俺……?」
 亜麻色のはねた髪は相変わらずで、まだ紅月のタトゥーが入っていない――五歳以前自分の姿だった。 幼い自分は無邪気に笑っており、今の自分だったら考えられなかった。
 小さな彼はヴァンをすり抜けどこかへ走っていった。すり抜けた箇所を触ると特に変った様子はない。 幼い自分の姿は幻影、それは魔族の魔術であろうか。小さな彼をヴァンは目で追っていった。すると二つの人影が浮かび上がってきた。
「父さん……母さ……ん?」
 五歳以前の記憶をなくした彼だったが、脳が覚えていなくても身体は覚えていた。 自分の発した言葉にびっくりしたぐらいだ。
 幼き自分を抱く父の姿、そして穏やかな笑顔の母、全てに懐かしさを感じた。 心の奥底から逢いたいと願った家族の姿がそこにあったのだ。 それが幻術だとしても――
 だがその光景もすぐに変わってしまった。
 突然、両親から悲鳴があがったのだ。それと同時に二人から血が噴出した。小さな自分はその光景を脅えながら見ていた。ヴァン自身いい思いをするわけがない。
「まさか……あの時の記憶なのか……?」
 5歳以前の記憶の一部なのだろうか、正直目をふせってしまいたくなった。 だが乗り越えなくては何もわからないままだ。ヴァンはこみ上げる感情を抑えた。
 胃がきりきりと痛んだ。胃液が逆流するようで気持ちが悪い。痛みのせいか身体がねじ切れそうだ。
 だが彼は目を放すことはなかった。
 そして彼は2人を裂いた剣をもった1人の青年を見た。 幼き自分はその彼を恐怖のせいか動くこともできず見上げていた。 その青年の顔には確かに今のヴァンには見覚えがあった。
「……カシ……ラ?」
 見間違えるわけがなかった。
 顔に刀傷を負った姿はヴァンを育てた者だ。現在よりも少し若々しく髪を後ろで結んでいる。 だがよくよく見れば、髪には返り血が付き真っ赤に染まっていた。
 彼の瞳に映ったのは脅威に見える頭の姿だ。殺すのを楽しむかのような目をしている。
 もう両親の息はなかった。ヴァンはそっと近づき親の逝くのを見送った。 そして頭の剣が幼いヴァンに向けられていた。勢いよく剣を振り下ろしたが、 小さな少年の左頬にうっすらと刀傷を負わせるだけだった。 既に幼きヴァンは立ったまま呆然としている。気を失っているのも無理なかった。 両親を目の前で殺されてしまったのだから――
 そして目の前の幻影がそっと消えた。ヴァン自身が能力である炎を消したからだ。 また周囲には闇がたちこもった。
「なんで……どうしてだよっ!」
 憎しみをカシラにむけることはできなかった。 両親を殺したからといって今まで育ててもらった恩を忘れてはいなかった。 行き場のない思いをどうしたらいいかわからず、彼は暗闇の中で涙をながし叫んだ。

*…*…*…*…*

「どこだよここ……」
 ジルハは前へと進んでいた。いつのまにか肩に乗っていたはずのフォールもいなくなっていた。 こういった場合動かないほうが良いのだが、彼にとって孤独はつらかったのだ。
 どれくらいの時間がたったのだろうか?
時の流れを掴むことができない。永遠と同じ場所をぐるぐると廻っているだけのような気がしてならない。 突き進んでも同じような風景ばかりで気が滅入ってしまう。
 だが、急に吹いてくる風の雰囲気が1つ変わった。不穏な空気の匂いしか感じなかったのに何か違う力が先でうごめいている。 一瞬頭の中で、何かが弾け飛ぶような音がした気がした。
 その風の方向へとジルハは足を運んでいった。間も空けぬうちに人吸樹が生えていない場所にたどり着いた。 広い空き地の中心には風化した建物があった。否、遺跡と呼ぶにふさわしいほどだ。 そこには無数の古代文字が書かれていたが文字としてはもう成り立っていないだろう。
 ジルハはその場所を知っているような気がした。ユースの能力で出した祭壇と同じような雰囲気をもっている場所。 ほぼかわらないものだ。唯一違うのは、人の気配があることだけだろう。
「やっぱり魔族の血が入っているせいか……幻術にはかからない、か……」
「誰だ!」
 ジルハは咄嗟に剣を構えた。そこには2人――真紅の目の少女がいた。 闇に溶け込むことのない瞳は宝石のようだがそれは魔族の証。民族衣装と呼べるのか、帯で服を締めており髪には大きな装飾品をつけている。
 だがジルハには片方の少女には見覚えがあった。それは飛空艇に進入した盗賊団の頭領――アルスだ。 短く薄紫の髪には真紅の瞳がよく似合っていた。
 そして同じ色をした長い髪の少女の目は鋭くジルハをみていた。彼女は口を開いた。
「ジルハ=アロン、あんたを迎えに来た。御子様の命令により地界へ連れて行く」
「お前……どういうことだ!」
 ジルハは混乱しつつもアルスを睨みつけた。だがそれを交わすかのように冷たい笑みを綻ばす。
「どうもこうも、こういうことなの……わかる? 紅い瞳は魔族の証、君の仲間だよ」
「ふざけるな!」
 認めたくない思い出いっぱいだった。自分は魔族なんかではないと――
「はいはい。抵抗しないの、君にしか用事はないの。おとなしく従ってくれないと君の仲間がどうなるか、わからないよ?」
 ジルハは周りを見渡しすと、人吸樹の蔓に絡まったヴァンとアーチェの姿があった。 気を失っているのか名を呼んでも返答が受けられなかった。
「ちなみに……魔族に人吸樹は通用しないの。だから君達にはここに来てもらったわけ――」
「俺を……俺を地界に連れて行ってどうするつもりだ……」
 怒りに満ちた声は震え上がっている。ジルハは必死で魔族化するのをおさえていた。
「エクシード王家の血を受け継いでいるから、ね。それが必要だ。おとなしくしていれば危害は加えない」
「最初から俺を……連れて行く目的…だったのか」
「そうだ」
 ――リートは応えた。最初から全てが罠だったのだ。 封印石の欠片を求めここへやってくるのも魔族の計算通りだったわのだ。 いくらゆっくりと力を吸収するとはいえ、ヴァン達は能力者だ。普通の人間より力をとられる可能性が高かった。
 ジルハは剣を向け鋭い眼差しを向けた。黙ってのこのことついていくのは嫌だった。 時間がないのなら倒していくのみ。
 だがそこへ極彩色の幻がその場にうっすらと現れた。 空間が歪んだかと思えば影となり、そして人の姿になった。
「……おとなしくしていれば何もせぬのに」
 紫の長髪はまばらだった。だが長い前髪から覗いていた瞳は真紅だった。 飾り立てた装飾品がそっと髪を揺さ振った。

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