第2章 20話 魔の告知〜虚無と現実〜
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 暗闇の中独りだけだったからだろうか、ヴァンは大分落ち着いてきた。 涙は不思議と止まっていて、叫んだせいか喉が痛む。 随分と時間がたっているように思えた。
(泣いたのなんか……何時振りだろう……)
 両親を殺された瞬間――今のを見て彼は全ての記憶を取り戻した。 とはいえ、5歳以前だ。覚えているのはかすかなことだけだった。
 だが今だからこそ両親を思い出せることができる。
 だからといってそれが本物の記憶なのかはわからない。幻術によって埋め込まれた偽りのものかもしれない。  ふしぎと左頬がちくりと痛んだ。傷跡は今紅月のタトゥーになっている。
 過ぎた時間を取り戻すことはできない。だが憎みの心を捨て去ることもできなかった。 今自分にできること、彼はそう自身に問いた。憎んだとしても育ててもらった人を傷つけることはできない。 彼は一先ずその気持ちは心の奥底にしまうことにした。
(今は……ここから抜け出さないと――)
 魔族の術の中にいるのはたいていわかったが抜け出さないことには何もできない。 彼はそっと手を剣へと伸ばした。躊躇いつつも、鋭い硝子の様な刃先で手の平を切ろうとした。 痛みで幻術から抜け出せるかと思えたからだ。
「……あれ?」
 ふと疑問に思ったこと、手の平を確かに切り血もでているのだが痛みが微塵にも感じられなかった。 よくよく考えれば、先ほどの胃を捻じ曲げるような痛みや左頬の痛みでさえなかったようなきがしてならなかった。 "痛み"という感覚を錯覚していたのだろうか。今自分がいるのは"現実"ではなく"夢"のようなものだとしたならば――
 ヴァンはそう考え片方の手の平に炎の球体をもう一度創り出した。 もう幻影は見えなかった。小さな球体だけでは自分の姿を見るだけで精一杯だった。
 彼は一点に能力の発動の証である光を集中した。暗闇を晴らせば現実に戻れる、そんな気がしたからだ。
 前の紅月のときのように炎は自分に纏いはじめた。だがそれだけでは暗闇全体を照らす事はできなかった。
『――剣を……』
 頭の中に直接響いた声は少し高めのものだった。だがどこかで聴いたことがある声だった。
(……ユース?)
 彼は直感的にそう考えたが辺りを見回しても彼女はいなかった。今の声は誰だったのだろうか――もう思い出せなかった。
 助言の通りヴァンは剣に総てを集中した。すうっと息を吸い力をこめた。

*…*…*…*…*

 真紅の瞳はじっとジルハを見ていた。
「お前……誰だ!」
「我が名はシェイド……地界の魔族の現長である」  アルスとリートは御子の前で深々と一礼すると後ろへ下がった。 御子はジルハから目を放すと額の装飾品に手を当てた。
「お前が御子……俺を地界へ連れて行く理由がどこにある!」
「……気の短い者だな」
「答えろ!」
 ジルハはその空気に堪えられなかった。何かはぐらかされた気分になっただろうか、 御子へと彼は攻撃をしかけた。鋭い刃を御子へ向けて――
 だが御子は手をかざすとジルハは吹き飛ばされ人吸樹に叩きつけられた。 御子にとっては他愛の無いことで、術で風を操るのも簡単だった。 ジルハの身体の痛みとともに力は抜けていった。
「手荒い真似はしたくないのだが……仕方あるまい」
 するとまた手をかざした。ジルハはやっとの思いで起き上がったが間に合わない。 だがその瞬間ジルハの前を小さな物体が遮った。
「フォ……ル……?」
 御子の攻撃を受け、フォールはその場に力なく落ちた。 額の紅い宝石は割れ破片が散らばった。ジルハは手を伸ばしフォールに触ろうとしたが躊躇った。 欠けた額の石は鮮やかな色を失い灰色の石へと変っており、フォールも息苦しそうだった。 彼は両手で頭をおさえた。涙は流れ滴となりフォールに落ちた。こうなるとは思っていもいなかったのだろう。
 悲しみともに怒りが頂点に達し、瞳が橙色から紅へと濃くなっていった。 怒りのまま自我を失い不穏な魔力を纏っていた。
 自我は血により支配され、その姿は幼い子供のようだった。すっとジルハは立ち上がると無意識のまま御子を睨みつけた。 御子は眉をひそめた。彼でさえその力に不快を覚える。そしてジルハは叫び声とともに御子へ剣を向け突進した。
「まったく……振り回すだけでは何もならぬのに……」
 ジルハの攻撃を難なくかわすと、すっと彼の後ろへと周り両目を手で塞いだ。 するとジルハの動きが何もなかったかのように止まった。
「か……して……」
 一瞬橙色の瞳へと変わり涙を零し、か細い声でそう言った。 すっと意識が消え、ジルハは御子の身体へと倒れこんだ。
「これで義姉様が――」
 だがその瞬間、炎が一気に立ち篭った。――ヴァンだ。
 蔦は燃え自身が自由になると同時にアーチェの蔦も燃え、彼女はその場に倒れこんだ。 それでも人吸樹は燃えることはなかった。ヴァンはゆっくり目を開け前を見据えた。 ジルハの倒れこんだ姿、そして瞳の紅い3人、魔族だ。
「魔族……アルスお前もか、これでやっと辻褄もあうだろなぁ」
「ヴァン君っ……」
「一つだけ聞いておく……今の幻術は現実であったこと……なのか?」
 ヴァンはそれが気になって仕方がなかった。震えた声には憎しみが篭っている。
「本当のことだよ」
 嘘だといってほしかった。心の片隅でそう思っていたかった。 けれど事実は受け止めることしかできない。
「……そっか。……でもなぁ、事情はよく知らねーけど、ジルハを放せ! 俺はいま機嫌が悪いんだよ!」
「貴様っ! 御子様にそのような口を――」
 御子の手がリートの前にそっとでた。彼女は口を紡ぐと再度下がった。 「主の能力の源は憎しみか……なるほど、道理で力が荒いわけだ」
「なんだと……」
 能力の源といわれてもヴァンには何かわからなかった。 確かに自分の心は今複雑だ。幻術とはいえ本当のことをみせられたのだから。
「能力とは自身の心の一部を吸い上げて創り出すもの。 主の能力は憎しみ―怒りもか、それらを吸い上げてなされたもの。何故そのように怒る、憎む? ……なくならぬ限りそれは止まらない」
「……意味わかんねぇよ」
「別にそれでもよい。だが主はそのままではただの代償になるだけであろうな……」
 そういうと御子は少し悲しげな顔をした。それはまるで哀れんでいるかのように蔑むかのように―― 「どういうことだ……」
「それはそこにいる者に訊けばよかろう……ロイ=ユース=エルエンにな」
 気づけばヴァンの後ろにはユースが立っていた。
 その表情は険しく、御子を見据えている。
 不思議とユースを見た瞬間、ヴァンの炎の勢いが弱くなり力は失せた。 使いすぎたのだろうか、ヴァンは膝を付き肩で息をしていた。
「ユース……お前」
 何をしたんだと、目で訴えてくるヴァンを横目にユースは躊躇いつつも歩き進んでいた。
「その者の真実を主は知らないであろう!」
 するとものすごい風圧がヴァンとユースにかかる。 だがユースに害はなくそこに平然と立っている――結界で護ったのだろうか。 いつもだったら自分のみよりも他人を護るはずの彼女だったが違った。
 それでも放った術が強力だったのか、ユースの服が一部分破れた。 同時に彼女の首元に巻かれていたベルトが風とともにとれていった。
「……ユース? なんだよ……それ……」
 そこには彼女の首元が露になっていた。 うっすらと赤紫色のあざは荊が締め付けるかのようについている。 何か禍々しい、そんな感じだった。
 今まで首にベルトをしていたせいだろうか、それには気づかなかった。
「呪、我らの術に嵌らぬのも呪を受けているからだろう? ……エルエンよ、ずいぶんと長い間、騙していた様だな」
 御子は嘲笑し、その瞳を伏せた。
「呪……だと?」
「……ユース様?」
 気絶していたアーチェが風圧のおかげか、幻術から目覚めた。 術のせいか意識が朦朧としている。だがタイミング悪くユースの首元を見てしまった。
「その呪がある限りお前は苦しめられよう……」
「黙れっ!」
 ユースが取り乱すところをヴァンは初めて見た。普段の穏やかな彼女とはまるで違い、目が見開いていた。 まさかそんな言葉が出るなんて思ってもみなかった。それはまるで何かを怖れているかのように―― 「まぁよい……我らの目的は済んだ。直に夜も明けよう。  我らの呪のせいで総てを話すことはできぬ……次に会うときこそに総てを話そう」
「――待てっ!」
 ヴァンは叫んだ。だが力はそう残っておらず立ち上がるだけで精一杯だ。
「欠片を渡すのはこの少年と交換だ。また逢える日を……ロイ=ユース=エルエン――」
 そういうと御子はユースにめがけ術を放った。 その術は禍々しい気を発しながらユースにまとわりついた。 ユースは結界をはることもできず、その場に倒れこんだ。
 それと同時に魔族たち、そしてジルハの姿は極彩色の幻の彼方へ消えていった。 立ち去ったその場には蒼く輝く封印石の欠片が残っていた。
「ユース様!」
 アーチェはいそいでユースのそばへ駆け寄った。だが彼女自身力が入らない。 それでも彼女を起き上がらせた。気を失っているのか、それとも幻術だろうか、 瞼を閉じたまま彼女はその場に力なく横たわったままだ。
「くそっ!」
 ヴァンは自分の不甲斐無さに嫌気がした。だからといって剣を投げ八つ当たりをしても何も始まらなかった。
「……アーチェの能力使えば道分かるか?」
 ヴァンはフォールの小さな身体を抱き上げた。 息苦しそうにしたフォールを見てて辛くなった。
「分からないことは無いけれど……出て行っても……どこへ行くというの」
 アーチェは涙ぐんだ声で言った。護人なのに護れなかったのがヴァンと同じく辛かった。
「……異種族専門の医者を知ってる。古代文にも詳しい。そいつのところへいけばフォールも……」
 ヴァンは覚悟を決めた。今は冷静にならなければならない。そうしないと怒りで血が沸騰してしまうほどだ。
 無力だと思う心を捨てよう。今、自分のできることを見つけたから――

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