|
第3章 22話 天の調べ〜雲海の果て・深淵の先〜 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― ソールライトから空高くへと舞い上がった飛空艇は龍族の住処へと向かっていた。 カナタの知っている情報ではグリエット大陸の遥か西の彼方にあるらしい。 最初はユースのことを考えて飛空艇での移動を諦めたが、 フォールを助けるために何ヶ月と砂漠を越えるわけにも行かなかったので仕方が無かった。 高度は次第に上昇し、下の世界はとても小さく見えた。 ヴァンはカナタと共に、フィーリス遺跡の解析を進めていたせいか、あまり眠っていなかった。 だからといって寝てしまえば彼には襲い掛かるもの――魔族の幻術にかかってからか、 毎晩のように魘されてしまうほどの悪夢を見るようになった。 両親が死に絶える夢、そして頭の恐ろしい表情。彼にとってそれは辛いものであった。 飛空艇の甲板は彼の特等席だった。暁の空の星が消えていくのを見るのが彼の日課だった。 (俺の――護りたい人……?) カナタの言葉が胸の奥底で引っかかっていた。 ――お前だって、護りたいやつ1人はいるだろ? そんなこと考えたことも無かった。 両親を護ることができなかったのは幼い自分にはしょうがない事だとしても、ほかに護りたい人をしっかりと心のうちで考えたことは無かった。 「俺は……どうしたいんだろうな」 独り呟いた。声はそこへ吹かれた風にかき消された。寝転んだ甲板の鉄板が冷たい。それは自分自身の心のような気がした。 そしてもうひとつ、ジルハの事も気がかりだった。 口喧嘩は耐えなかったが、いないと何か変な気分になる。魔族が危害を与えていないことを願うばかりだった。 「ヴァンさん?」 「うわああぁぁっ!」 突然声をかけられたせいだろうか、ヴァンは転げ落ちそうになってしまった。何度目だろうかと自分でも思ってしまう。 声をかけた人物――ユースだ。彼女は不思議そうにヴァンの顔を見入っている。 「おまえなぁ……まぁいいけど。こんな時間に出てきたらまた身体に障るぞ? そして俺がアーチェに怒られる……」 「大丈夫です、アーチェは眠ってます。しばらく……私のせいで寝てなかったようですから」 アーチェはユースが1週間眠っている間、片時もはなれようとしなかった。 それが王族を護人の使命だといったが、ヴァンもカナタも心配して何かといったが聞かなかった。 仕方なく即効性の睡眠薬をカナタが飲ませたほどだった。 「……そういえばさ、前もこんなときあったな。あの時は星がながれてたっけ……ってまさか今日もなんかあるわけ?」 ユースはヴァンの面白がって言った言葉にほんのりと笑みを浮かべた。 「いえ……ただ部屋から雲海が見えたものですから……」 橙色に輝く上ってきた太陽にほんのりと照らされて、雲は鮮やかな色を放ちながらゆっくりと動いていく。 ヴァンの見る先一面に雲海は広がっていて、世界にとって自分は小さな存在にしかすぎないのを改めて感じる。 けれど一瞬でそんなことはかき消された。橙色は1人の少年の瞳を思い浮かばせた。 「ジルハ……平気だよ、な」 ヴァンが思った以上に悲しそうな表情を見せた。 目の前で連れ去られたせいか、自分の責任かもと思っているせいか―― その言葉が風と共に飛ばされると、悲しげな旋律が響いた。 その声の主はあの時と同じようにユースだ。同じ旋律は風にかき消されることはなく、 少し高めの声は美しくそこへ響く。ヴァンは彼女から目を放さなかった。 あの時の言語とは何か違った。古代語ではない言葉で悲しげな旋律は響く。 蒼く切なき先に みえる先々 総ての世界 黒く儚き夢の世界 統べるは 黒死蝶の舞う時 白く澄みきる渦の下 あなたは既に 天の下 心の裡に秘めしこと 「前と……言葉違うのな」 「訳してみたんですよ」 その言動は何か違う。訳していたとしてもすらすらとそう簡単に歌えるものなのだろうか。 昔から知っていたけれども歌わなかったのではないかと――それも自分の呪のことを話したことにかかわっているのだろう。 「ヴァンさんは……この旅が終わった後はどうしますか?」 「俺? んー、そうだな、多分また世界中廻って……トレジャーハンターの仕事に専念するさ。もう盗賊事はしない……ていうお前はどうなんだ」 ユースはヴァンの問いを即答することは無かった。口が開きかけた瞬間、彼女はうつむき考えていた。 「封印石集めきったらどうするんだよ」 急かすようにヴァンは言葉をかけた。 「使命を果たしたら……そうですね、自分で聞いておきながら……考えていませんね」 「そっか、……まっ、とにかく早いとこ集めきらないとな!」 重々しい雰囲気をかき消すかのようにヴァンは両手をあげ背伸びをした。 「そのためなら私は……人も魔族も……光も闇も利用できるものなら全て利用します」 「えっ……」 そっとユースが呟いた言葉をヴァンは聞き逃さなかった。 だがヴァンの目をユースは片手でそっと覆い隠した。その瞬間彼の意識は飛びその場へゆっくりと倒れこんだ。 蒼の光―ユースは能力を使い、彼の記憶――今話した部分のみ消去したのだ。 「私の"未来"は限られているんですよ……ヴァンさん……あともう少し……それまでは」 風が吹き止んだ清々しい朝に彼女は溶け込むかのようにそっと目を閉じた。 そして眠ったヴァンの隣でそっと歌った。続きの旋律は哀しいくらいに響き始める。 彼はそれに気づくことなく静かに眠っていた。 偽りを求めるな 真をみよ 光を拒む弱き者 颯声の調べ 聴こえるか 闇に憶える懐かしき者 地唄の調べ 聴こえるか 哀しき全ては私のもの 歌い終わった瞬間彼女の中に虚しさが残った。不意に頭をよぎったのは過去のことだった。 ――生きたいか? その言葉を聞いてもうすぐ10年になる。自分を助けてくれた声、そして―― 約束の日は近い。それまででいい。自分の自由を探したかった。記憶を偽ってでもいい。自分の我侭なのだから。 *…*…*…*…* 少年がそっと目を開けるとそこは暗闇だった。 身体中の節々が痛んでいる。自分がどこにいるのもわからない。 唯一の光は自分に纏った金色の輝きだった。 先ほどまでゆらゆらと何かに溶け込むかのような感じがしていた。 そこから守ってくれるかのように誰かが包み込んでくれていた気がする。 だが彼の思考力はまだ正常ではなかった。 ――まだ、君は目覚めるべきではない…… 頭の中に響く女性の声を聞いた瞬間に頭痛が走った。 必死でおさえようとしたが無理だった。 血が沸々と湧き上がるような感情が起きはじめている。魔族の血に支配されるときと同じように―― だが急におさまると今度は眠気に支配された。必死でいろいろなことを考えようとしたが邪魔されてしまう。 ――大丈夫、安心して……お休み。 「フォ……ル……――」 彼はそう言い放つと眠りの世界へと誘われた。夢と現の狭間の区別がつかなくなり、 その場へ倒れこもうとしたとき御子はそっと彼を抱きかかえた。 深い眠りへとつく少年は地界へと連れ帰ってから驚くべき成長をしていた。強い魔力が身体におさまりきれず金の粒子となって散乱している。それだけでは止まらず、肉体的にも成長していた。 「義姉と……話したのか……」 少年の頭に響いた声は御子の義姉のものだった。 義姉の強い波動を感じ彼は少年のいる間へとまいったのだ。 地界の深淵で眠る義姉に異常なほど執着している御子自身、少年が羨ましかった。 やはり繋がっているものだからか、と思うと哀しくなる。 「義姉様……もうすぐです…」 少年を部屋に残すと、御子は一人長い回廊を独り歩き始めた。何十にも重なる鈴の音が辛いほど響き渡っていく。 扉に手をかざし義姉の眠る深淵の部屋へ赴いた。 薬の中で眠った義姉は本来ならば地へ還る身だった。幸いか、彼女は魔族の呪を受けてはいない。 五千年前に封印石に破壊神を石へ封印し力を使い果たした義姉。 魂は別の場所にあっても身体はまだ死んではいなかった。 だが封印が解けた今、再度封印するためには彼女の力が必要だった。 魔族の唯一の希望のため――彼女の身体の延命処置を行っている。身体は回復へ向かっていたとしても魂が無ければ只の器に過ぎない。 「だからこそ……あの少年の力が必要、虚しいものだ……」 自分の何もできない歯痒さ故に辛いものがあった。だが義姉が目覚めるのを願っているかはわからない。 全ては自身の我侭に過ぎなかったから。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― |