第3章 23話 天の調べ〜谷底の竜〜
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 気づいたら太陽は空高く輝いていた。 暖かな日差しは甲板を照らしていたせいか、 鉄板独特の冷たさはもう伝わってはこなかった。
 ヴァンは久しぶりに眠った気がした。頭がすっきりとしている――何故か悪夢は見なかった。だが寝た記憶がなく曖昧過ぎる。 ユースと話をしている最中で意識が途切れた気がした。だが話の内容はまるっきり覚えていないのだ。
「変だよなー……」
 彼はそう呟くと甲板を後にした。

*…*…*…*…*

 時が流れるのは当たり前のことで、飛空艇が目的地に着くのも早かった。 とはいえ大陸を横断するともいえる長い旅路だったがそれも半月ほどである。 その間にフォールの具合が悪化しなかったのも幸いだった。
 時は一刻としてせまっているのはわかっていた。
 高い絶壁の前で飛空艇を停泊させ、一向はその場へと降りた。 どう見ても龍族の住み処とはいいがたく、不穏な空気にとりまかれている。
「この先……ですか」
 ユースは何か納得できないといった表情でつぶやいた。彼女の言葉にヴァンも納得したほどだ。 どうみてもこの先にあるとは思えない。そして先へと続く道もなかった。
「確かなー俺のとこの情報が正しければねー。……飛空艇使いたいとこだけど流石に無理だしね」
「結界……ですか」
「んー、まっそういうこと。龍族は"天界の護人"だ。そんな大それた場所普通の奴に知られるわけには行かないだろ?」
 カナタの一言でヴァンはなるほどと、先ほどと同様のしぐさをした。 ヴァンの知識には龍族は貴重な生き物として認知していた。絶滅寸前ともいえるそれらが普通の場所で生きているわけもない。
「でもさー、見えるのは岩山だけなんだけど……まさか登るのか?」
「そのまさかかもねー、まっ! 俺の道案内はここまでだけど」
 カナタがくるっと踵を返すとヴァンは肩を引っ張り耳元でそっとつぶやいた。 彼女たちには見られていないせいだろうか、表情が怖い。
「……何ほざいてやがるっ! てめぇも行くんだよ」
「…やっぱお前変わってないわ」
 カナタは降参したかのように両手を挙げた。ヴァンが成長したと思えば――やっぱり盗人的考え方は変わっていないようだ。 脅してでも生きる、ヴァンは確かにそういった性格だった。彼らに出会うまでは――
 悪に強きは善にも強し。彼にはぴったりかもしれない。
「ユース様……本当に平気ですか? この先わかりませんよ?」
 アーチェの言い草には今までとなくどこか棘があった。それが彼女の優しさなのかもしれなかった。この絶壁の先なにがあるかわからない。 「……大切なものは失いたくありませんので」
 ユース自身自分でできることは行動したかった。迷惑をかけた分、自分ができることはそれしかなかったのだ。 「でも……道はどこにあるのでしょう?」
「だよなー、隙間すらみつかんねーし……」
 ヴァンは岩に触った。だが何か違和感を感じた。触るほんの一瞬そこだけ空間が歪んでいるようだった。 もう一度そっと手を触れようと、目を凝らしていると、黄金の薄い膜があるのに彼は気がついた。
「これが結界か?」
 結界の先にはただの岩山があるのだろう。この結界を解かない限り先には進めないはずだ。
「こういったのはさー、羽翼族が結界解かない限り無理だろねー」
 トレジャーハンターだからだろうか、ヴァンもカナタもこういったのには経験があった。それだからこそ必要な知識も備わっている。 異種族が己を護るのなら特殊能力を使った結界が最適なのだ。
「フォールならできっかもしれないけどさ……」
 さすがに今の状態のフォールだったら難しい。
「フォール……」
 ユースはそっとフォールに問いかけた。彼女の腕の中で瞳を閉じていたが、ゆっくりと開けた。
「ピュゥ…」
 弱弱しい声で答えた瞬間覆っていた結界が大きく歪んだ。そして目の前一部分だけ切り取られたように洞窟が現れた。
「この先ねー……龍族も考えてるなー」
 生暖かい風がそこから吹いた。西の砂に見えた場所とは明らかに違う空気の流れだ。 その風はかすかに甘い花ような匂いがした。一向は前へと進んだ。洞窟といえど道のりは短くすぐに暗い道を出ることができた。
 一面に広がったそこはまるで異空間のようだった。花弁が透明な花がさんさんと咲いていた。 吹き荒れた風が運んできた匂いはこの花からによるものだろう。
 人の気配はまったくなく澄んだ空気はすがすがしいほどだ。
「ここ……本当に人界にあるわけ……」
 ヴァン自身ここまで完璧といえる場所はないと思えた。水中庭園の時よりも驚きは大きい。
「まるで……桃源郷ね」
 アーチェがそう発したときだった。翼のはばたきが聞こえた。空を見上げると影が舞い降りてくる。 一行の前へ姿を現したのは両腕が翼状の人物だ。男、女どちらともいえないその姿は異様だった。 長くふんわりとした白に近いクリーム色の髪に琥珀色の目、そして額には鈍く翠に輝く石がついている――龍族だろうか。
「主等……何用でここに参った」
 警戒しているのか、声色が冷たい。鋭い視線とともにユースは一歩引いた。
「私たちは……フォールを助けたくて……」
「龍族……失礼極まりました。……長の下へ案内しましょう――」
 フォールを見た瞬間、態度が一転したため、ヴァンたちは何か不安だったが どこへいくかわからないせいかついていくしかなかった。

*…*…*…*…*

 案内された場所は純白の宮殿のような場所だった。 そこまでの道のりでも人がいるような気配はなく静穏だ。 視界に広がる世界は何か寂しかった。
 宮殿のなかも人影はなく、ただ柱の影が迫っているだけだ。 案内役をかってでたその人は無口なのだろうか、まったく言葉を発しなかった。
「……カナタ、羽翼族って人型になれるわけ?」
 ヴァンは歩きながらもこっそりと耳打ちした。 声は歩く音にかき消されたが、元々獣人族の血をひくカナタだったからだろうか、五感鋭いようでその声にすぐに返答した。
「お前知らないのかー、成体にならできるさ。 でもあの案内役は龍族じゃないなー。前に一度だけ同じような奴を診た事あるけど…… たしかそいつの原型は鳥だったかなー」
 そんなことをいっているうちに広間へと案内された。 中心には耳が羽根状の人物が立っている。
「ようこそ、人界の客人方」
 壁の反響で何十にも響いた声は高く澄み渡った――女だろうか。 案内役と同等の姿だった。唯一違うのは額の石の色のみだ。 フォールと同じ紅玉だった。琥珀色の瞳は真っ直ぐと前をみている。
「あなたは……?」
「紹介がおくれました。私は羽翼族長、龍族のルウェノーと申します。彼はカンダクト、翼竜族です」
 丁寧な挨拶とともに長は一礼をした。長の合図により無愛想な案内役はその場から離れていった。
「あの……唐突で申し訳ないのですが……」
 長はユースの真剣な表情をみてか押し返すように微笑んだ。
「ここへきた理由はわかっております。我ら龍族最終血統であるこの子を死なせません」
 何が言いたいかすべて解しているかのように、長はフォールにそっと触れた。同族の成体であろう長は優しくフォールを撫で上げた。
「……幸いこの子は能力がある。それを引き換えにすれば――」
「生きられる道があるのならば……お願いします……」
 長は割れた石に手をあてると、それは輝きを取り戻した。 灰色の石は紅玉へと変わっていく。そして欠けた石は次第に戻っていった。 ひびは残ったものの以前と変わりないものへとなっている。
「しばらくの間我々がこの子を預かりましょう」
 長はフォールをそっと抱き上げた。静かにゆっくりと傷を癒すべくフォールは眠っていた。
「フォールは大丈夫なんですか?」
「お約束いたしましょう」
「……ありがとうございます」
 ユースは敬意をこめて一礼すると少し肩の荷が軽くなった気がした。 これでアーチェの気苦労も少しは軽くなるだろうとヴァンは思っていた。
 フォールは助かったとしても問題はジルハだった。 彼の消息は――地界にいるのだろうがヴァンはなにか落ち着かなかった。
(どこかで……何か違うものが――)
 彼の思考を邪魔するかのように長は言葉を放った。 「悲しきエルエンの生き残り――夢巫女様のもとへ行きなさい」
「何故……私の名を……?」
 ユースは一歩引いた。アルス――魔族が自分の真名を知っていたときと同様に蒼白な顔つきだった。
「夢巫女様が教えてくださいました。これから来る客人方のことを……」
「夢巫女……って誰だ?」
 ヴァンはとっさに話題を変えた。そうじゃないといけない気がしたからだ。
「龍族が天界と同様に護る一つ……人界と天界を唯一行き来できる者……失われた神族の最後の巫女」
 長い睫をそっと伏せたが、長は真っ直ぐ前をもう一度見据えた。
「夢巫女様は未来を司どる。予知した未来を導く人。あなたにもご加護あれ……」

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