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第3章 24話 天の調べ〜少年の過去・少女の未来〜 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 夢巫女は舞い続けた。 左手に扇、右手に鈴を持ち、音色は久遠へと響く。夢巫女は未来を予知するもの――神族の最後の一人だった。神楽歌は天界に響き、魂の輪廻を促している。 幼き外見とは裏腹に、彼女は長い時を生きていた。白く長い髪は風の如く舞い悲しき魂を導いている。色素がない瞳は遠く彼方を見続けていた。 だが彼女が願い続けた未来は叶うことはなかった。現実と儚いほど遠い夢。未来を予知できてもそれを覆すことなど自分にはできなかった。 「……来るか――」 そっと発しられた言葉とともに夢巫女は舞を止めた。 未来が一人定まらないものが龍族の住処へと来たからだ。 天界への道を唯一渡れる彼女は、片手を狭間の結界に触れ抜けると、自分の足でそっと人界へと降り立った。 未来へ進むため、一人の少女に言葉を渡さなければならない。 *…*…*…*…* 「神族……って古代の文明にあったような……」 ヴァンは自分の持つ知識を巡ったがおおよそのことしかわからなかった。 神族という存在すら古代文にちゃんとした歴史がない気がした。 「神族ねー、確か"神の愛子"として数千年前に存在した一族。 その存在を知った者は未来を告げられる――だったよーな……」 カナタも同じような状態だった。あやふやな記憶を遡ってもそんな小さなことしかわからない。 「それだとしても……何用かしら……」 アーチェはそっと呟くとユースを見た。何か俯きながら歩いているその姿は儚げだった。 「……ユース様? どうかなさいましたか?」 「いえ……なんでもありません」 ユースの自分を心配させまいとする言葉を何度聞いただろうか。けれどその言葉の分だけアーチェは自分が"重み"となってくる。 「ここです」 龍族の長は天蓋の先へと招き入れた。幻想的な建物と同様の人物―― そこには色素がまったくなく総てが透き通るほど白い少女がいた。 自分よりもはるかに幼そうに見えるが長曰く話にならないほど年上らしい。瞼を閉じたまま彼女は平然と座っていた。 「人界の客人方」 透き通った声は壁に当たり跳ね返ると鈴のような音になった。この世の者とは思えないほどに澄んでいる。 「あなたが……夢巫女様ですか?」 「そうです、エルエンの末裔」 夢巫女は長を下がらせると微かな笑みを浮かべた。龍族の長がユースの真名を知っていたのは夢巫女からだと言った。 その本人を目の当たりにしてユースはどう思っているのか、ヴァンは気になってしょうがなかった。 「何故真名を……という目をしていらっしゃいますね」 瞼を閉じたままだというのに夢巫女は見えているらしい。つくづく不思議な存在だった。 「……人界のなかで人は護人という役目を持つものが多々いる。王を護るランフォード族が人界の中では有名でしょう」 ヴァンはアーチェをそっと見るとなにやら複雑な顔をしていた。彼女が護りたいものは王族ではないからか―― 「そして自然を護る龍族、鱗族、獣人族を始とする一族もそれに値する。 けれどエルエン族は別枠。護ってきたものはこの世を滅びに向かわせる力をもつもの。 それ故エルエンは人界の中で知るものは少ない。妾は裏の世界に生きる者、貴方の名を知っているのは必然的なものです」 夢巫女の言葉には何か納得させる。ランフォード族はヴァンでも名前ぐらいは知っていた。 だがエルエン族というのはまったく聞いたことがなかった。トレジャーハンターとして歴史にかかわっている者の、それほどまで重要なものは明記されたことがない。 この世を滅びに向かわせる力、封印石はそこまでのものなのだろうか。 「封じられているのは禍ですか……?」 「エルエン族に代々伝わっているはずです」 「……私は封じられたものの存在を知りません。教えられる前に一族を失いましたから……」 ユースは何か躊躇った様に答えた。 「妾は未来を司ります。残念ながら過去のことを話すことはできません。歴史から抹消された過去を司るのは魔族。聞くのなら彼等でしょう」 「魔族は……この力を狙っているように感じます。先日接触したさい、欠片を置いては行きましたが……何か違った目的があるのではないかと……」 素直に置いていった欠片には何か罠があるかと思ったが、 何もなくここまできている。結局ジルハと交換――といいたげだった。 カナタの持っていた欠片も魔族と判明したアルスから受け取ったものだ。彼らの目的は何もわからぬままだ。 「魔族を知るにはまず彼等の呪を知りなさい。それが道へと繋がります。……妾は未来を視た、この先を知っています」 「なら教えてください……封印石は集めきれるのでしょうか」 「近い未来に集めきれるでしょう。それとともに道を選ぶのは其方自身です。 ……妾には未来が視えている。けれど貴女の未来だけ何十も交叉しあって解らない」 ヴァンはそれを聞いた瞬間何か違和感を感じた。交叉しあう未来、なら―― そしてユースの表情も少し歪んだ。警戒しているかのように一歩下がる。 「どうか最善の道を択びください。そしてもう一つ、この欠片を――」 夢巫女が差し出した欠片に封印石は即座に反応した。共鳴し、蒼く光を放つ石にユースはそっと触れた。 「これは天界に落ちてきた欠片です。元々天界は魂の輪廻の場。害はありませんでした」 「有難うございます」 ユースは受け取ると大事そうに手の中に収めた。 「……もう夜も遅いでしょう。客人方、今宵は龍族にお従いください」 『聞いていただきたいことがあります』 夢巫女の声が二重になって聞こえる。それは突如ヴァンの頭の中に直接響いてくる声だった。反動のせいか、ヴァンは頭を両手で押さえてしまった。 『貴方にのみ語りかけています。どうか平然としてください』 「どうかしたの……?」 「いや、ちょっと頭痛がしただけだ」 声のとおりアーチェの問いかけにそう答えた。透き通る声は頭の中を駆け巡っている。 『深夜――もう一度赴いて頂きたいと思います。貴方に話があります』 そっと振り返ってみてみると夢巫女はゆっくりと瞼を上げた。 現れた目の色は色素がほとんどなく、同様の透き通るほど白い肌に髪は異様だった。 ヴァンは声に気をとられてかアーチェの手の元に光が満ちていたことに気がつかなかった。 そしてそれに気付いたものは誰一人としていなかった。 *…*…*…*…* 「ようこそ……フレア=ヴァン=シエル」 名乗った覚えはないというのに真名を知られているらしい。夢巫女はヴァンの未来も見たようだった。 「俺なんかしたのか? 心当たりまったくないんだけど」 疑り深く、憎まれ口で言葉を出したことにヴァンは後悔した。相手は神族、高貴な存在だ。 「じゃなくて、心当たりないんですけど……」 「そう固くならないでください。唯天界で貴方にお会いしたいと申す者がおります」 笑みを浮かべると夢巫女は手を差し伸べた。小さな手の平は透けているかのように真っ白で繊細だ。 「俺……に? ははっ、そんな奴いるわけないだろう? 俺は生き残るために自分の手を汚してきたんだ。そんな俺に会う奴なんか――」 「ずっと心配している魂が2つ……天界の輪廻に逆らっています。貴方のことが余程大切なのでしょう」 「……まさか――」 思い当たる人物がふいに頭に浮かんだ。あの悪夢で自分の前から崩れ落ちていった2人―― 「御出でなさい。天界へ貴方が入ることはできませんが、狭間まではいけるでしょう。……覚悟をお持ちですか?」 彼は頷くと夢巫女の手をとり天界の道を進んだ。 彩色の幻影は霞んでは消えていく。幻影は自分の姿を仄かに写しては霧となっていった。 ヴァンは夢巫女に連れられて人界と天界を繋ぐ狭間まで行った。 狭間にはやはり壁があり2つの世界を遮断している。 「ここから先は貴方は進むことはできません。進むことができるのは神族のみです」 ヴァンは壁に片手を触れると小さな2つの球体が向こう側に出現した。球体は段々と身体をなしていき人の形へとなった。 「やっぱり……」 そこに現れたのはヴァンが思ったとおり両親だった。悪夢にまで見るほどあの惨劇は頭から焼きついて離れない。その2人が穏やかに唯微笑んでいた。 「この方々は後悔しております。息子を独りにしてしまったことを――」 「……そんなの……」 現れてくれただけでもヴァンにとってはうれしいことだった。光加減で変わる透明の結界らしき壁に阻まれていたが、しっかりとした表情でこちらを見ていた。 「……聞きたいことがあるんだ」 自分は望んでいるのかいないのかはよく解らなかった。けれどこれ以上悲しませたくなかった。だからあえて訊くのだ。 「仇を……とって欲しい?」 すると両親は悲しそうな目をして小さく首を横に振った。 「そっか……」 両親は解っていたのだろうか、自分の成すべきことを――ヴァンはその場に小さく蹲った。 涙の雫がそっと頬を伝っていっては地へと落ちていく。大理石ともいいがたい床は自分の姿を映し出している。 「あまり干渉しすぎれば貴方の魂が天界へ引きずられてしまう……戻りましょう……」 両親のことで泣くのはこれで最後にすると決めた。だから今だけは涙が止まるまで―― ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― |