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第3章 26話 追憶の時〜再び目覚めた者〜 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 人通りも少なく道で例えるなら路地裏と呼べる場所にヴァンとカナタはいた。 「だからっ、この先であってるんだよな? ……あーっ! おいカナタ、聞いてんのか!?」 ヴァンの怒りも頂点に達していた。日はそろそろ真上に来るころだ。寝る時間には早すぎる。 カナタは地図を日よけとして目元を覆い隠している。 「んーっ。聞いてるけど……俺、寝不足だからなー」 小さな欠伸をすると彼は眠そうに答えた。寝不足だから何なんだとヴァンは聞きたくなったが怒鳴るのをやめた。唯でさえ太陽がじりじりと照らしているのだ。余計な体力は使わないほうが良い。 龍族の住処を後にした一行は"ヴァリエス"に到着した。この街が属する国では空の乗り物を厳しく取り締まっている。飛空艇もそれに従い能力で戻している。 幅広い水路がいくつも引かれたこの街はそれを移動手段にしている。彼らもそれを利用するしかほかならなかった。 金を出せば自動操縦のボートになるのだが生憎、金も底につきそうだった。 「夜何してたんだよ、解読はしてないだろ?」 古代語の解読はヴァンとカナタ二人でおこなっている。一人で解読するのはかなり困難な話だ。 「んーっ……本業だよ」 「はぁ?」 カナタの本業は医者のはずだったが患者が思い当たらなかった。確かにユースの事はあったけれど昨日はそんな様子は見当たらない。 それも聞こうとしたが紙の下からは小さな寝息が聞こえてくる。 その態度に呆れ、ヴァンはカナタから地図を取り上げた。 印刷された紙をじっと見ていても迷路のように入り組んでいるせいか、 現在地すら間々ならない。だが真昼にこのような作業はやっていられなかった。 ヴァンは地図を放り出すと両腕を上げ背伸びをした。その弾みでだろうか、急にボートが激しく揺れた。 「なっ……なんだよ!?」 ヴァンはバランスを崩しボートの端に寄りかかった。 弾みだけにしてはゆれ方がおかしい。何かがぶつかったような感じがした。 カナタに聞こうとしたが、揺れにも気付かず眠っていた――正直憎らしい。 「はろー」 不意に聞き覚えのある声がした。ボートの縁に手がかかり勢いよく地上へ顔を出す。 薄藍の短い髪、そして水面下から見える瑠璃色の尾ひれ――レウィーだ。 「レウィー!? なんでこんなとこに……しかもばれるって」 上半身だけ地上に出ているその姿は周りから見れば異様だ。――ちょうど人通りのない場所でよかったが。 「あら、だってここ異種族の街でしょ?」 確かにヴァリエスは異種族の街だ。でもそれは裏のことを指す。表向きは至って普通の人が住む街に過ぎない。 「異種族が住むのは地下街だって……早く乗れ!」 ヴァンは半ば強引にレウィーの手を引きボートの上へ引き上げた。鱗は見入る間に人の足へと変えていった。 ヴァンは咄嗟にボートの上にあったタオルをレウィーのかぶせた。 「……ヴァンは相変わらずね、そういえば――」 「レウィーちゃんっていうのー?」 レウィーの両手を掴みカナタはお決まりに決まり文句をだす。 女の声がしたからこの男は起きたのだと思うとなんだか情けなくなってくる。 カナタとは長い付き合いでいつもこんな調子なので慣れているといえば慣れていた。 「とにかく……先に進むぞっ」 「あっ、ヴァンそっちは行き止まりー」 カナタはちゃっかりと地図を見ていたのだ。やっぱりどこか憎らしい。 「わっ……解ってるさ」 ヴァンは慌てて方向を転換した。 「ねぇ、ユース達は?」 「地下街にいる。ユース達そっちを調べて俺らは上ってわけ」 「ふーん。ねぇ、ジルハ大丈夫? なんかあの時から異様な顔つきだったから気になってたんだけど…」 「あいつは……今はいないんだ……」 「えっ……」 レウィーが別れる前までジルハはいた。説明するのが辛かったが言わなければならなかった。 キャンターで起きたこと、そして魔族のことを―― あまりにあっけないものだったからだろうか、淡々と説明することしかできなかった。 「そう……魔族に」 説明を聞き終わったレウィーは悲しそうな表情を見せ遠くを見つめた。 *…**……*…* 飛空艇が使えない以上宿屋に泊まるしか他ならない。 金が底をつきそうでも泊まる分くらいはあった。 大分日も落ち一向は宿屋に集まっていた。 「ここから北のほうの国で……なんだっけ、えっと"サイカ"って小さな国なんだけど、そこでおかしな現象があるらしいの」 談話室とでも呼ぶ場所で5人は今日の収穫した情報を交換していた。 だが結局のところ何の情報も得られずレウィーが持ってきた情報だけだった。 「どんな現象なんですか?」 「私もその北にいた鱗族に聞いた話だからよく分からないけど、なんでも死者が生き返るとか……」 「まさか……ゾンビとか?」 ヴァンが茶化すがレウィーはそれをいかつい顔をして返した。折角持ってきた情報をそんな風に扱われて腹が立ったのだろう。 「とにかくそんな話あるほうがおかしいと思う。封印石のせいじゃないかと思ったんだけど……」 「そうですね……ここでもあまり有力な情報は得られませんでしたし、とりあえず行ってみましょう」 ユースは地図を広げサイカを指した。この街の随分先にある小さな国だった。 「……カナタは? どうする?」 ヴァンはカナタに思い切って聞いた。龍族の住処まで案内するのが彼の役目は終わっていたからだ。 「あー……俺ー? そうだな……行くよ」 まだ眠いのだろうか、彼はまた小さく欠伸をした。 *…**……*…* 一人宿屋から抜け出したアーチェは水路に足をたらし、空を見上げていた。 街の端に位置するそこは深夜ということもあって誰もいない。足から伝わる冷たさが身体の熱を少しずつおさめてくれている。 ユース達は眠っている。けれど自分は眠ることができなかった。 不安や何か激しい衝動が彼女を襲う。 自分の手を見つめ力をこめる。一瞬光が起ちこんだがそれも儚く消えうせる。同時に手は急に震え始め止らない。 「やっぱり……」 彼女は能力がうまく使えなくなっていた。いつも通りやろうとしてもすぐに光は消えてしまう。 夢巫女の記憶を読み取ったときは使えたのに―― 「ほら」 かけられた声に一瞬驚いたが聞き覚えはある――カナタだ。彼はアーチェの目の前に白い包みをつき渡した。 彼女はそれを受け取り不思議そうに見つめている。 「なによ……この包み……」 「薬だよ、薬。アーチェ具合悪そうだから。こないだから足元が震えてる。多分能力からくる疲れってとこだろー?」 医者というだけあるのだろう、見抜かれていた。確かに先日からアーチェは身体がだるかった。 それに気付かれないよう懸命に隠していた。カナタは自分の隣へ座り同じように空を見上げた。 「能力は体力や犠牲となる思い――心を消費する。こういうのは寝てれば治るだろうけど……護るためには寝てもられないかと思ってさー」 「言わないで……」 知られたくなかった。 ユースを護る立場の自分が倒れるなんて一族の掟に反する。 「解ってる」 そしてあたりはしんとした。流れていく水が月の光を浴びて輝いている。 無言のまま時は流れていったが次に言葉を放ったのはアーチェだった。 「何で――」 「何で解ったかって? それは俺がいつもアーチェを見てるから」 アーチェが言葉を紡ぐ前にカナタの答えは返ってきた。 いつもとは違った調子でカナタは話すとアーチェの手を掴んだ。 だが条件反射でカナタの手を突き飛ばしてしまった。 こんな時でも拒絶する自分もどうかと思うが、やはり油断もすきもならない。 「……あっ…ありがとう」 咄嗟に声をだした。突き飛ばしたことは謝らない。 だけど気遣ってくれたことはうれしかった。 「……どーいたしまして」 照れくさそうに礼を言うアーチェの姿はいつもより幼く見えた。 カナタは少し気を許してくれたのかと思うとうれしくて仕方が無かった。 *…**……*…* ジルハは独り座り込んでいた。真っ白な世界に取り残された自分。 拒否してきたものと向き合わなければいけないことは解っていた。 だがどうしても一歩踏み出すことができなかった。 『……覚悟はできた?』 また、もう一人の自分が姿を現した。真紅の瞳、魔族の自分は笑みを浮かべている。 「お前を受け入れても俺は目的を果たせない……」 自分の目的――それは魔族ではないただの"ヒト"になること。 そのために旅に同行してきたわけであって彼の目的はそれだけだった。 『……力を手に入れるのが怖いんだね』 「……怖いに決まってる」 得て何になるんだろうか、自分は唯"ヒト"になることを望んでいるそれだけだ。 力が争いを生んだから自分の国は滅びたのだ。 『大きな"力"を得る、抑える"力"を得る。同じことじゃないの? 僕を認めてしまえば君は罪を背負う。でもそれを乗り越えないといつまでも変わらない』 「……お前を受け入れれば魔族の心に支配される。それだけはごめんだ」 『僕を抑える自信が無いの? ……弱いね、君の意志はそんなものなんだ』 自信が無い――確かにそうなのかもしれない。そして罪から逃げている。ジルハの心のどこかで冷たい言葉が突き刺さっている。 『国を護ろうとする心も、生きる力も僕の前では無力になるといいたい?』 「……そんなことないっ! 俺は……俺は…」 むきになるところが子供っぽいと自分でも思ってしまう。けれども思う力は強いと信じていたい。 「護ってみせる。何をしようと……契約だ、俺はお前を受け入れる。だからお前は力をかせ」 『罪を認めるんだね。僕の……魔族の力を貸せと言うの?』 「認めるさ。罪だろうが俺は乗り越える。 それに魔族の力が欲しいんじゃない。俺が護りたいものを護るための力をだ」 魔族の自分は決意を聞くと笑みをみせ、自分を通り過ぎ消えていった。 身体の芯が熱くなる。なにか大きな存在を一瞬感じた。 『君がもしその意志を崩したら、僕はいつでも君を支配してあげるよ……』 不意に残った声は確かに"自分"だった。 自分が生み出した力、向き合わなかった力。 ジルハの瞳に迷いは無かった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― |