第3章 27話 追憶の時〜虚実の陰日向〜
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 いつものように飛空艇の甲板にヴァンは寝そべっていた。 もう夕闇もおそう時刻になるころだ。空は橙色に染まり青と混じっている。 そっと視線をおろすと目的地"サイカ"が見えた。
「おわっ」
 急に飛空艇の速度が速まった。そのせいかヴァンは危うくバランスを崩すところだったがなんとか死守した。
 まだ手に入るくらいの小ささがが段々と大きくなってくる。そろそろ下へ戻ったほうがよさそうだとヴァンは思い、重たい腰をあげ扉へと向かった。
 だが遠くで美しい鐘の音が聞こえた。サイカの国からだろうか、夕刻を告げるかのように鳴り響いていた。 遠くからもよく聞こえるそれは間近で聞けばどれほどのものなのだろう、低い音域でもどこかあの歌に似ている。
 エルエンに伝わる歌――だっただろうか、あの歌と雰囲気が似ている。 そう考えながらも聞き終わらないうちにヴァンは下へ降りていった。

*…*……*…*

「サイカの鐘は鎮魂歌の役割があるそうですよ」
「鎮魂歌ぁ?」
 ユースはそう答えた。ひじをつき、ふけっていたヴァンはその単語を繰り返した。 食事も終わり一同は飛空艇の談話室でこれからのことを話していた。
 サイカの国に程よく近い場所に飛空艇をとめている。夜が明けてから封印石の捜索を開始するのだ。 だがヴァンはその前にあの鐘の音が気になっていたからこそユースに問いたのだ。
「……天界へ届くように願いがこめられているんですよ。確かサイカの別名は"天に近い国"、確かに標高は高いですしね。 けれど天界は別次元の世界ですから近いとは言い難いかもしれません」
 天界――ヴァンは先日に人界と天界の狭間まで行った。 その目で天界を見てきたのだ。確かにあれは別次元のものかもしれない。 サイカが一番近いのかといえば違うだろう。だがそれは合えて口にはしなかった。 夢巫女に言われたとおりユースに知られてはいけないことがあるからだ。
 懐にひっそりとしまった白い宝石はまだ自分以外に知られてはいない。
「でも何故鐘のことを聞くんですか? 私も先ほどこの国について調べていて知ったのですが……」
「いや……さっき甲板で寝てたらなんか鐘の音が聞こえたからさ。どうも頭から離れなくて」
 ほんの少し聞いただけなのに思い出してしまう音色。鎮魂歌、天界にこの音色が届いているのだろうか。そしてユースの歌ったあれは鎮魂歌なのだろうか。
「私は聞けませんでしたが……明日街へ行けばきっと聞けますね」
「多分な……とにかく明日どうする?」
 ユースは机に地図を広げ一点を指した。平面的な図でしかわからないのが難点だ。
「サイカは多分グリエット大陸のなかでは一番小さい国です。石で積み上げられた土地の上にサイカはあります。さらに国の周りは石壁で囲まれ、中心には城と大鐘楼があります」
 石で積み上げられているのは周りが砂漠で囲まれているからだろう。グリエット大陸の大方は砂漠だ。国自体は珍しくないだろう。
「城があるならランフォード族もいるんでしょう?」
 アーチェの仲間――ランフォード族は人界の王族を護人する使命がある。 けれどアーチェは違った。王族ではなくユースを護っている。一族に反しているともいえるのだ。
 レウィーの言葉にアーチェは首を横に振った。
「随分……いや、かなり前だけど、サイカに一度だけ来たことはある。けれど、この国にランフォード族はいない。……確か3年ほど前に王族諸共他国の争いで亡くなったと……」
 それを訊いてしまったからだろうか、レウィーは目を落とした。
「この大陸は民族間の争いが絶えませんからね……殆どの国が他国との関わりを遮断しています。それ故……でしょうね。とりあえず今、この地を治めるが者はいないのは確かです」
 サイカの国はジルハの国と似たような状況にあるらしい。あまりそういった場所に行きたくないのが本音だった。
「封印石は反応ないわけ?」
「まだ何も……まだあの国にあるといった確証は持てません。ですが調べてみないことには何も始まりませんから」
 ユースは封印石を取り出した。球状に近づいてきたそれをみるとあと少しで集めきれるだろう。それと同時に今までになく石が不吉に感じられる。
「じゃあ明日は国中を歩き回るしかないか……」
「そうですね。欲しいのは確証だけです。人が生き返る……その情報を確かめます。明日は二手に別れて回りましょうか」

*…*……*…*

 小さな国を護るように石壁が囲い込まれ、中心には大きな城――だが何か違和感があった。 おかしいほどに綺麗に整理された街、本当にサイカは争いが起きたのだろうかと疑ってしまうほどだ。
 鐘は城の隣に位置しており、刻限ごとに音色を放つ。これを聞くのは何回目かと思いながら、 ユースとアーチェが聞き込みを開始して数時間経過した。小国といえぞその面積は広い。
「レウィーの持ってきた情報はまがいものだったんでしょうか……」
 大人に訊いても耳をそろえて知らないとしかいわれなかった。さすがに何度もそういわれ続けると自信がなくなってくる。
 砂漠に近いサイカの国民は浅黒い肌をしている。けれど自分等は衣服からして全く違う異国人だ。それ故に警戒されているのかもしれない。 だがユースは国の端くれで聞き込みをしたからいけないのだと信じたかった。
「中心へ行けば何かわかるのでは?」
「そうですね……ここは人もあまりいませんし――」
 ユースの言葉を遮るように空高くで破裂音がした。見上げると3色ほどの光が浮き上がり消えていった。
「……花火?」
「今日は何かあるんでしょうか?」
 祝い事でもあるのだろうか、ユースは見上げたまま目を離さなかった。 そのせいだろうか、彼女は走ってきた少女に気がつかなかった。 勢いよく少女はユースとぶつかり転がった。
「大丈夫ですか!?」
 ユースは慌てて幼い少女を立たせた。 健康的な肌は少しほっそりとしていたが身なりはきちんとしている。 怪我はしていなかったが転んだせいか服は砂埃で少し汚れていた。
「ごめんなさいっ!」
 明るい調子で少女は謝った。それにつられてか礼する少女を前にユースは微笑んだ。
「……急いでどうしたんですか?」
 しゃがみこみ、子供についた砂埃をはたきながら訊いた。
「あのねぇ、今日はお姫様の誕生日なんだよ! だからねぇ、今日はお祭りなの!」
「えっ……」
 今この子はなんと言ったのだろう、姫の誕生日がどうしたといのだ。3年前に亡くなった姫が生きている――そんなわけがない。
「それにね、パパもママもいる・・の! だからねぇ、うれしいんだよ! お姉ちゃん達もお祭り見に来たの?」
「……そうですよ」
「だったらあっちに行けばいいよ! お城がよく見えるから!」
 少女はそう言い走り去っていった。呆然と立つユースはアーチェの顔を見入った。
「姫が生きている……」
 アーチェ心の裡にかかった靄を振り払いながら少女が指した方向へ向かった。その先にあったのは高台で確かに中心に位置する城がよく見える。
「姫……」
 視界に映ったのは城から手を振る一人の少女だった。遠くからでもはっきりと解った。 アーチェが以前会ったときと変わらぬ姿、歳月が過ぎていても変わらぬ少女の姿。 3年前に亡くなったはずの王族、それが何故いるのだろう。
「封印石が……」
 ユースの言葉にアーチェは振り向くと、蒼白い一筋の光が放たれた。 指し示された光の筋の先にある建物、それは大鐘楼だった。
「ではあの姫は――」
 言うまでもなくレウィーがいっていた噂のことは本当だったのだ。

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