第3章 29話 追憶の時〜囚われ人〜
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 あのようなことがあった日。流石に眠ることはできなかった。ヴァンはいつものように夜中、甲板にでて寝転んでいた。 星でも見れば少しは気分も落ち着くだろうと思ったが、サイカを纏うかのように霧が濃く立ち込めていて空も白い。
「人によっては禍じゃなくなる……か」
 ヴァンはそっと懐から夢巫女から託された白い封印石を取り出した。
 ユースが集めている石とは違い菱形の石、今は何も効力の無い石だ。そっと空に掲げても光を放つわけでもないしましてや禍をよぶわけではない。
 ――何時しかこれが必要なときが来るはずです
 ふと夢巫女の言葉が頭の中を駆け巡った。
 この石が必要なとき、それは本当にくるのだろうか。何の力をもたない石に―― そう考えるとユースの集めている欠片は非常に恐ろしく感じた。
 不意に下のほうから小さく機械音が鳴った。脱出口からだろうか、ヴァンはその音に飛び起きた。
 甲板の先端へ向かい下を除くと佇むユースの姿が見えた。 ユースとはよく夜中に会うな、と思いつつ彼はその姿を追って甲板を後にした。
 脱出口からヴァンはこっそりと外へ出た。 あまり音をたてて皆を起こすのも悪いと思ったからだ。 甲板にいた時よりも霧が濃い。目の前が真っ白で視界は悪かった。 だがユースを探すのは簡単だった。彼女は先ほどから一歩も動かず佇んでいたからだ。
「お前、大丈夫か?」
「ヴァンさん……」
 彼女に向けて何回言っただろうか、だがかける言葉がそれしかなかった。 振り向いた彼女の表情はどこか儚げだ。 いつもはふわふわの長い髪は霧のせいかしっとりと濡れていた。
「また具合悪くなるぞ……」
「……」
 彼女は何も答えなかった。自分のことは二の次で、 今もきっと考えても仕方が無い――結論がでないことを頭の中で廻らせているのだろう。
「……封印石を集める……そう決めたのは私です。どんなにこの手を汚そうと集めると…… 総てを集めきらない限り私の使命は終わりません」
 言い放った言葉は確かに今までと変わらなかった。 封印石を集めきるといった使命――それは彼女の中で変わることは無い。
「私は封印石に囚われているんですよ……早く集めろ……と、そう心の中で私の何かが言っている…… 何に代えても私は果たさなければいけない……そう思っています」
「ユース……」
「けれど人の命を奪ってまで集める私はなんでしょうね……」
 たった数時間前の出来事、封印石の禍による人の蘇り。確かに奪ってしまったかもしれない。
「あれは……仕方がないことだ。現にあの姫はあのままだったらもっと悲しんでたはずだろ……?  復興……できるかはわからないけれど俺達がやれることはまだあるさ」
「それでも!」
 隣国から物資を運ぶことくらいはできる、まだ希望を失ったわけではない。だがそんな思いもユースの言葉に遮られた。
「それでも……事実は事実です。結果的にはあの少女から両親も奪ってしまった……私は……命を奪ってまで使命を……護りたかったモノはたくさんあるのに……きっと私が禍を呼んでいるんです……」
 いつもより消極的な言葉。一生懸命涙を堪えているのだろうか、大きな瞳には薄っすらと涙が溜まっていた。 声は途切れ途切れになり、握った指先は力がこもっている。
「そんなことない……」
 ユースに出す言葉がなかなか見つからなかった。こんなにまでも悩んでいた少女の姿はとても小さく感じる。
「……私っ……本当は誰も巻き込みたくないんです……一人で封印石を集めていれば……ヴァンさんやアーチェ……ジルハもレウィーもカナタさんも、誰も巻き込まずに……済んだんです……」
「お前は……俺等に会わなかったほうがいいって……そう思ってるのか?」
「そんなことありません! けれど……」
 小刻みに震え、うつむいた姿、哀しい、苦しい――聴こえない声が表情に表れる。 何かを必死で押さえ込んでいるのが解ってしまうからこそヴァン自身も辛くなってしまう。
「泣いていいんだ……」
 ヴァンの言葉にユース顔を上げた。薄く涙を溜め、それを否定するかのように首を横に小さく振る。 自分は泣いてはいけない――本当は弱音を吐いてはいけないのだと。
「泣いていいんだよ……ユース」
 ユースの瞳から涙が一筋零れだした。透明な雫は頬を伝い、止まることなく小さな泣き声と共に溢れ出す。 両手で必死に顔を押さえたが隙間から涙は零れだしている。ヴァンは初めてユースの涙を見たきがした。 むせび泣く姿は今までの彼女からは見受けられない。今までずっと強がっていたのだろうか、弱弱しい。
 ――お前だって、護りたいやつ1人はいるだろ?
 カナタの言葉がまた頭の中で回っている。 護りたいもの――無意識に手を伸ばし彼女の腕をとると、 身体を引き寄せ強く抱きしめた。
 自分でもそんなことをするなんて思っても無かった。 きっと自分は泣きそうな顔をしているのだろう、正直今見られるわけにもいかなかった。
「ヴァン……さん……? 泣い……て……るんですか……?」
「泣いてるのはお前だろ……」
 肩を震わせしゃくり上げているのはユースだ。 声が途切れ途切れになっても何故彼女は自分のことより他人を心配するのだろう。 けれどそれが今まで旅してきた中で見てきたユースの姿だ。
「俺は無力だけど……護るから……俺がお前を護るからっ……」
 護ること、それがどれだけ難しい事だということをヴァンは解っていた。 口にするのは簡単でも通すのは難しい。 だけれど気持ちは嘘なのではない。それだけが唯一の望みだと思っていたかった。
 力強く抱きしめられたからか、彼女の心は段々落ち着いてきた。 だがそれでも涙は零れている。自分の弱さを身に持って感じてしまう。 ユースはそっとヴァンの身体へ手を回した。 掻きむしるかのように服を掴む手に力がこもってしまった。

*…**……*…*

 扉を開く音が部屋中に響き渡る。 少年は前を見据え、中心に立つ者を見つめた。紫の髪が振り向きざまに揺れる。
「よく……ここがわかったな。ジルハ=アロン」
 金色の粒子――魔力を総て取り込んだ自分にどうってことはないことだった。 まだ慣れはしないが魔力の使い方も解ってきたような気がした。 自分の目線が高く感じ、髪も肩を越えるほど伸びている。魔族の自分を受け入れたからだろうか。
「……教えろ、何故俺を必要とする」
 鞘から鋭い刃先を抜き取ると御子へと向け彼は睨みつけた。真紅に近い橙色の瞳には憎悪がこめられている。
「君とは一度話をしないとな……」
「お前は……フォールを――」
 妙なほど落ち着いた話し方にジルハはいらついた。 フォールを殺した張本人が目の前にいるのだ。憎しみは膨れ上がってきている。
「龍族の子なら生きている」
 その言葉に安心感と共に不信感が募る。本当にそれを信じていいのだろうか、ジルハは動揺して剣先が揺れる。 御子はその表情を見ると手のひらを差し出すとそこに不穏な力が集まった。 ――魔術だろうか、黒い球体が現れた。そしてパッと光がともると何かを映し出した。
「フォ……ル」
 そこに映し出されたのは静かに眠ったフォールだった。 一瞬死んでいるかとジルハは思ったが欠けていた額の宝石が元に戻っている。 ――生きている、それを確認したからか彼は胸をなでおろした。
「安心したか? ……地界へ連れてきたのにはわけがある。 アロンの血を引く者よ、君にはしてもらわねばならないことがある」
「条件による……」
 まだ信じきったわけではなかった。そして自分に何ができるのかわからない。
「君は魔族の力を受け入れた……だからこの地界で我らが手を貸さぬとも動ける。 だがその力、国を復興するには邪魔であろう?」
「何が言いたい……」
「我らの力を以ってすれば君の血を再度封印することができる。それにはある方を目覚めさせなければいけない」
「……ついて来るがいい」
 御子の言葉の通りジルハはついていった。血を封印する方法、今まで探していたものが見つかるならいくしかない。
 長い回廊を抜け御子が手をかざした扉の奥には機械につながれたガラス管があった。 その中で死んだ者のように静かに眠った女性がそこにいた。 機械の管で繋がれたガラス管の中は液体で満ちており、金の髪が漂っている。 気品ある顔立ちは瞳の色は視えなくても魔族なのだろう。
 初めて見る人なのにもかかわらずジルハはどこか懐かしい感覚に襲われた。
(俺は……この人を知っている……?)
「……我の義姉にして彼女は君の祖先と呼べる人だ」
ジルハの思考を察したかのように御子はそう述べた。

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