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第3章 30話 追憶の時〜紅の皇子〜 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 琥珀色の瞳がこちらを見続けている。両腕が翼状、その姿に彼は見覚えがあった。 あの時は何も見ることができず会話しか聞けなかったが、確か―― 「カン……ダ……クト」 「……話せるか、リフロム……」 何故ヒトの言葉を話せるか彼は疑問だった。 身体を起こしゆっくりと息を吸う。自身の目線を落とすとヒトの手がある。 自分は"誰"なんだろうか、そんな疑問がうまれてくる。 「リフロム……? 誰それ……」 「貴方の正式な名前です。……リフロムよりもフォールと呼んだほうが良いでしょうね」 違う声が問いに答えた。額の紅玉は彼と同じ――龍族の証だ。彼はフォールと呼ばれていたのを思い出しハッとした。 思考が定まり自分の生きている意味が明確になってくる。 「能力と引き換えに貴方は生きること、そして成体になれた。その意味が解りますか?」 リフロム――フォールはこくんと頷いた。 「真実を理解できますか?」 「はい」 真実、成体になってわかったことがたくさんあった。 幼体のころの自我はもうなくなっていても記憶は残っている。 自分の"特殊能力"はまだ発動していないこと、それを使う日が来ること、 紅玉に刻まれた未来を覆すために。 「では行きなさい、その力を持って使命が果たせるように。そして真実を教えるために――」 長が示した方向へフォールは進んでいった。 *…**……*…* 「俺の……祖先だと?」 あまりにも突飛な言動にジルハは動揺するしかなかった。 確かに彼は懐かしいような感覚に襲われた。眠っていたときと同様に誰かが包み込んで守ってくれている、そんな感じだがする。 「名はレイ=リリス=アロン、エクシード王家に魔族の血をもたらしたのは彼女だ」 静かに眠る傍らで御子が冷たい声で話す。その声はどこか悲しみがこもっている。 「魔族の血を再度封印するには彼女でなければできない。同じ封印は同じ者しかできないからな」 封印――今御子はなんといったのだろう、とジルハの中で疑問が浮かぶ。 「魔族の血は……何百年の中で風化していったんじゃ――」 風化した血はフォールの再生能力によって再び血が目覚めたのではなかったのか。 生き延びた自分に流れる血を復活させたはず、そう彼は信じていた。 「違うな。君は内戦のなかで生きるために魔族の血が目覚めたのだ。魔族は過去を司る、それくらいは解る」 「だったらフォールは――」 自分を助けたわけではない、そう考えると悲しくなった。今まで信じていたものが勢いよく崩れ落ちていく気分だ。 フォールを恨む気持ちがどこかにあって今はそれすらもおぞましく感じる。 「あの龍は何もしてない……唯、君の希望にはなっていただろう」 希望――それとは何かが違う。ただ自分は全て押し付けて、そして優しい場所にすがりついていただけだった。 関係を言葉に表そうとしてもなんともいえない。 「……話を戻そうか、君は魔族ではなく唯の人間になりたい。それは違わないな?」 「……あぁ」 躊躇った言葉は了解の合図だ。フォールのことは、一先ず心の奥底にしまうことにした。 自分は今目的のためにここにいるのだ。それは変わらない。 「血を封印するには義姉……彼女を目覚めさせなければならない。それには封印石が必要になる」 「ユースさんが集めている石のことか」 蒼い歪な石が脳裏に浮かんだ。あの雰囲気がどことなく苦手だった。 そしてその石が必要なのか、自分に裏切れといっているのか――確かに自分は今離脱しているが。 「それとはまた別の石だ。人界の紅の封印石、それが必要だ」 「……ちょっとまて。封印石は三界に1つずつしか存在しないはずじゃ」 ――封印石はこれを含め、三界に1つずつ存在します。 ユースの言葉が頭の中で駆け巡った。彼女は確かにそう答えたのだ。 「……確かに破壊神を封印した石は3つだけだ。だが紅の石は違う。義姉が自らの魂を封印したものだ。別物と考えてよい」 「破壊神……?」 聞き知れぬ単語にジルハは戸惑った。破壊神など現実味のない存在だ。 「何も聞かされてないのか……」 御子の表情が陰り、まつげがふせった。 「どういうことだ? 封印石には禍が封印されてるって……」 「それを語ったのは誰だ」 御子の言動が先ほどよりも冷たく感じられた。宝石のように紅い瞳がそれを一層と増させる。 それと同時に背筋になにか冷たいものが奔ったようだった。 「ユースさんが……」 ジルハの言葉に御子はしばし黙り込んだ。少しの沈黙の後、彼は苦笑し始めた。 「エルエンの策か……禍、確かにそうかもしれないな。それは一先ず置いておこう。ややこしくなるからな。君には人界へ行き紅の封印石を持ってきて貰いたい」 「どこにあるかも解らないのにか?」 「場所なら解っている。……君の国の奥底に封されている」 エクシード――彼の故郷だった。10年前の内戦の結果、破滅した国だ。 今は人が住めない状態にあるが貧困街があるとは聞いている。 その王族の生き残りである自分はその存在を知っていながら逃げていた。 「解ってるなら行けば良いだろ」 まだ心の整理が上手くできていなかった。 復興するのだと軽々しくいってきても何からしていいのか解らない。 そんな気持ちの中であの地に足を踏み入ることはできない。 「……其処へ行けるのは彼女の血縁者のみ。君の血が"鍵"だ」 御子は眠っている自分の祖先を"義姉"と称していた。血縁者ではないのだ。 血が"鍵"、それが国の復興の手始めなのかもしれない。 「それをもってくれば目覚めるんだな。そうすれば俺の望みは叶うわけか……」 「代わって約束しよう」 血が再度封印されれば今自分の中で眠っている彼は消える。 今までそれを望んでいた。 だがそうなるのはどこか悲しい気がした。眠った彼が泣いているのか―― 「さて、破壊神のことを教えようか――」 御子の言葉にジルハは現実に呼び戻された。 破壊神、禍の元の存在は心の裡で知っている気がする。 「表の歴には存在しない者――それが破壊神だ。……魔女とも呼ばれていた。我が義姉が三つの石に封印し三界に分けた」 御子はそう言い放つと懐より菱形の石を取り出した。黒く鈍い光を放ちながらそれを上へと掲げる。 どこか禍々しく、そして哀しいと思わせる存在を―― 「これは地界の封印石。だがこの黒の封印はもう効力を持っていない。……解けたのだ。 続いて天界にある白の封印が解けていった」 「最後に蒼の封印石か」 御子はジルハの言葉を聞くと哀しそうな笑みを浮かべた。 そっと石を懐にしまいこむと御子は目を閉じた。 「……黒には身体、白には魂、そして蒼には能力が封印されていた。 再び封印を施すとしても既にそれらは解放されている。 破壊神の能力は凄まじい。三界を滅する力があるともいいきれぬ」 「そんなもの……だったのか……」 ただ"禍"としか聞かされていなかったジルハはそのあと言葉が続かなかった。 蒼の石の存在を知ったあと、自身の国がと思ったからこそ旅に同行した。 だが三界に関与したものだとは思わなかったのだ。 では欠けた蒼の封印石、それを元の形に戻せばどうなるのだろうか。 「ちょっとまて……身体や魂が先に復活しているとするなら……破壊神は既に人界にいるのか?」 「察しのいい君ならそれがどういうことだか理解しただろう?」 解りたくなかった。だけどまだ確信したわけではない。 「我等魔族は過去を司る。だが呪のおかげでもう話せぬ。これ以上は我が消滅する……」 御子は自分の目元に触れた。忌々しい真紅の瞳、それは呪の象徴だ。 「……けど全てを知っていても御子は何故動かない? そんな危険なものを放っておくんだ!」 「我の呪だけは別格でな、人界が新月の日のみ赴くことができる。だからリートとアルスに向かわせたのだ」 先ほどのように手のひらを差し出し、黒い球体が現れる。そこに映し出されたのは横たわる人々だ。 それは全て魔族であり屍化したものだ。自分よりも若い者がその中にいる。 「我らの呪は破壊神にかけられた。魔力が尽きた魔族は死ぬ、だが呪は魔力が尽きた者は屍化し呪がとけるまでその姿は消えない。 我はこの呪を解き、彼らを解放したい……だから手を貸してもらいたい」 自尊心の高い御子は頭をジルハにさげた。義姉を目覚めさせれば破壊神の封印もできる。 "鍵"である自分、利用されているのは解っていても破壊神がいれば自国もどうなるか解らない。 自分ひとつの問題だった血の封印が波紋を生じている気がした。 ジルハは瞳を閉じ覚悟を決めた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― |