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第3章 31話 追憶の時〜鍵と生〜 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 頭が上手く働かなかった。 幼い知能で必死に今起きている出来事を理解しようとする。だがそれは直ぐに痛みにかき消され、自分が自分でなくなってくる。 必死に泣きたい声を殺した。 目の前で大好きな姉の身体から血が噴出すのを目の当たりにし、 尊敬する父と母は逃げてくる際にはもういなかった。 もう誰もいない、死んでしまったと彼の中には絶望しか今は残っていない。 身引きちぎられそうになるほどの痛みは心と身体、どちらもだろう。 実際に彼の左腕は瓦礫の底へと沈んでいったのだから。 気がつけば、反抗勢力の族も国王軍ももういない。 ――ドウシテヒトハ、シンデイクノ…… ぼたぼたと垂れている血は止まらない。 血を流しすぎた幼い少年の身体は限界に近かった。 ――オイテイカナイデ…… 彼の願いは叶わない。橙の瞳が真紅へと染まっていく。 消えていく自我と同時に血は止まり、残ったのは憎しみの心だけだ。 封印されていた魔族の血は復活し、凄まじい回復力を見せる。 だがそれは心とまではいかなかった。 彼が次に意識を取り戻したときには失った悲しみが強く支配していた。 そして目に入ったモノ――それが彼と龍の出会いだった。 *…*…*…*…* 空間が歪むと同時に極彩色の光の扉からジルハは人界へ降り立った。 人界と地界の時の流れは違う。地界に長い間いたが人界の季節はさほど変わっていなかった。 視界に広がったのは一面の砂。そして崩れ風化された建物類のみだ。 生きているもの気配は周りから感じられなかった。 「……ここが俺の……国」 彼はその国――エクシードの情景に言葉を失った。十年前に起きた悲劇以来この国には来ていない。 それは自分が逃げていたからか、脅えていたからか―― 心に深い傷を残し、残った左腕の部分がずきずきと傷む。傷をえぐるかのような痛みだ。 突如吐き気に襲われ、思わず彼はひざをついてしまう。考えたくないのにあの日の記憶が鮮明に頭に流れてしまう。 「……っ」 剣を砂に突き刺しそれを支えすると彼は必死に立ち上がった。 立ち止まってはいけないのだと、眠ったはずのもう一人の自分が説いている。 胸の痛みを抑えながらも彼は記憶の中の国の情景を辿って行った。 大半は砂と化した建物も記憶の中には存在していた。今は跡形はなくともそこには幼い時の自分がいる。 そっと建物に触れるとそれは直ぐに砂へと変わる。これが十年前から今に至るエクシードの現況なのだ。 大分気持ちは落ち着いてきても辛さだけは鉛のように溜まっている。 この国を本当に復興させられるのだろうか、と哀しい考えが浮かんでしまう。 自分の夢、目標は生半可なものではないのだと再確認する。 ジルハは地界を発つ前に御子が放った言葉をふと思い出した。 ――君があの地で封印を解けばエクシードは―― だがそれも足音によってかき消される。 崩れた建物の影から誰かがこちらを見ていた。その者は自分よりも幼い子供達だ。 ぼろぼろの服に汚れた顔、そしてか細い。近くに貧困街でもあるのだろうか、と彼は思うとそっと屈んだ。 幼い子供はびくっと震えたがジルハはその子を撫でてやる。 「……大丈夫だよ」 乾燥した大地には水すらない。彼らは食料を探しているのかもしれない。 ジルハは自分が持っている少しの水が入った管を子供達に渡した。 「俺がこの国を戻すから」 その言葉に子供達は嬉しそうに笑った。約束――果たせるかは解らないがやらなければならない。 もう一度決意を改め彼は身体を伸ばすと前を見据え歩き出した。 かつて王宮があった場所へ彼は辿り着いた。 城も建物同様崩れ果てており、かつての輝かしい存在は無と帰している。 御子の話によれば紅の封印石は王宮の地下にあるとのことだった。 思い当たる地下室は一つしかない。その場所も彼は覚えていた。 国が滅ぶ前に、一度だけ彼の父に連れられ向かったことがあったからだ。 だがその場が何をおこなうものなのかは当時は解らなかった。 あたりを見渡せば思い出が溢れている。 彼は決意を新たに固め進もうとした。だが視界を遮るかのように上空より何かが降り立った。 一瞬その者の背中には翼があるかのようだったが気のせいだろう。 「誰だ!」 警戒心の故か発した言葉と同時に剣を抜き構える。 降り立った者は自分より背が少し低い少年だ。長い前髪が瞳を隠すがその色は琥珀色だ。耳が羽根状になっており亜人種だということがわかる。 「……解りませんか?」 その声は高くもなく低くもなく、中性的な印象を持たせる。 最初は少年かと思ったが少女でもどちらでもとれるだろう。 琥珀色の瞳はジルハをじっと見つめた。その仕草は何かを訴えるかのようだ。 「誰だと聞いている!」 剣を勢いよく振りその者の目の前に間をおき突きつける。だがそれに微動だにせずじっと見つめ続けている。 ジルハは苛立ちはじめた。だがその者が髪をかきあげるとそこには紅く光る宝石があった。 ひびの入った紅玉には見覚えがありジルハの剣先が揺れた。 「……フォ……ル?」 力が一気に抜け剣は砂の地面へと落ちた。その名前を聞き頷いた者はフォール――彼だ。 「やっと……あなたと話せる日が来ました。僕を忘れないでいてくれて感謝します」 微笑みかけるかのような優しい表情、それがフォールだという衝撃を受ける。 そしてジルハの中に残った罪悪感が一気に襲う。だが必死にそれを押し隠そうとしていた。 「成体に……なったのか?」 「僕はあの日……核が割れ、生きる力を失うところでした。けれど龍族の長が僕を助けてくれました。……そのかわり能力はなくなりました。……もうあなたの左を支えることはできません」 ジルハは黙った。あの日フォールの核が割れたのは自分の力の無さ故だった。 だがもうこのない左腕を支えてくれる事はないのだと思うと哀しくなった。 「あの頃の僕とは違います。記憶はあっても前の"フォール"とは違う。リフロム――それが本当の名前。けれどちゃんと覚えている」 リフロム――人界の言葉で再出発の意味を持つ。 それがフォールの本当の名前なのだと解るとジルハ自身、自分も再出発しなければならないという思いになる。 「……俺はお前に謝りたかった。魔族に血が目覚めたのもお前のせいにして逃げてた……。ごめん……」 「……では僕も言わせて下さい。小さな僕を見つけてくれて有難うございます。もうお力にはなれませんが……また側にいても宜しいですか?」 小さな龍を見つけたのは偶然に過ぎなかった。そして恨んだ気持ちもある。だがここからまた再出発すればいい。 「あぁ……」 ジルハはそういうと微笑んで見せた。彼が笑うのは稀なことだ。 そして弾けた音と共にフォールは龍の姿へと変わった。少し大きくはなっているがまだ肩に乗ることはできる。 「……有難う。フォール……」 龍から声が聞こえない――どうやら成体の時と幼体では自我が違うらしい。 彼は自分のようだなと思いながらその龍を撫でた。紅玉のひびが目立つ。少し切ない思いを抱きながら彼は前を見据えた。 地下室への道を見つけジルハは階段をゆっくりと降りていった。 覚えたばかりの魔術を使い、手のひらに光を灯すと暗い周りが明確になる。 昔は解らなかったが壁は全て古代語で何か書かれている。 だが自分はそれを知る術をもたない。――後でヴァンにでも見てもらったほうがよいだろう。 階段を降りきると簡素な部屋にたどり着く。 そこには祭壇がありその向こうには大きな扉があった。 祭壇の中心は窪んでおり、そこから何本も小さな溝が広がっている。 ――やっと見つけることができた方法、これで国が救える。 ジルハは不思議と今何をするかが解り、剣を取り出し手のひらを傷つけた。 窪んだ部分に血を垂らすと祭壇に血が染み渡り光を放つ。 同時に風が巻き上がると、溜った砂埃を巻き散らしていく。 扉の向こうには紅く宝石のような菱形の石が光っていた。 *…*…*…*…* 飛空艇に設けられた一室は現在ヴァンとカナタで古代文の解読している最中だった。 依頼の用紙に書かれた古代文をヴァンは頭の中で素早く解読する。 単語が頭の中で入り混じるが簡単な文章だ。彼はそれを難なく行う。 「国は王制か統制に大きく分けられる。統制はたびたびに治めるものが代わり、王制は王族のみしか受け付けない」 ヴァンはゆっくりとその文章を読み始める。同時にカリカリと紙に文字を書く音が部屋に響く。 ヴァンが古代語を解読し、カナタがそれを用紙に書き残す。 「王制で王族を失った国は滅びの道を辿り、逆に国に血で示せば復活する――って、なんでこんな文章解読してんだよ!? 今は封印石のことを調べてんだろ!」 ヴァンは用紙をくしゃっと丸め、カナタに怒鳴りつけた。のせられて文章を解読してしまったがその前にやることがあった。 「……これは仕事だってー」 「だったらお前が訳せばいいだろ!? 何で俺が」 カナタのマイペースな口調に異様に腹がたっていた。ヴァンは何処からともなくくる変な焦りがあった。心の淵で何かが急げと言っている。 「だって古代語解読はお前のが早いしー。それに終わらせないと紅月クビになるだろー」 紅月にはトレジャーハンターが少ない分、収入もそれなりに高い。それをクビになってしまったら金は入ってこないだろう。 「……わかったよ!」 いらつきを抑えながらヴァンは丸めた用紙を元に戻した。 王制と統制、既に解読されている文章だ。何故依頼者このようなものを、と彼は思う。 故郷のルーガスは統制だった。だから今、紅月の頭が統治者となっている。 ジルハの国、エクシードは確か王制だったはず。血を何らかの形で示せばあの地は復活するだろう。 「最近ヴァン何かあった?」 不意に黙り込んだヴァンにカナタは問いかけた。 「……別にないけど」 「えーうそだー。だってこないだからユースちゃん変だし……」 不意をつかれ、あまりの驚きのせいかヴァンは椅子から転げ落ちた。 それのせいか同時に机の上に積まれた本類も一気に彼の頭の上へ落ちた。 動揺がまるで態度ににじみ出たかのようだった。 「あれ、ヴァンどこー?」 「……それはたちの悪いギャグのつもりかっ」 カナタは笑いながら言った。ヴァンをからかうのが楽しい、っといったところだろう。 頭に被さった本をどかし彼はゆっくり立ち上がった。 「……図星じゃないわけー?」 カナタの問いにヴァンは固まった。実際にこの間のことから2週間の間、ユースと話そうとすると何かと目を合わせてくれない。 その前に自分自身にも少し気恥ずかしいところがあってかちょっと話しづらい。 「……お前、手出したんだろ」 「なっ、何もしてねぇって!」 それにしてもカナタの観察力はすごいな、と思いつつ彼は服を叩く。 そっと視線を落とすと本が開かれたまま床に落ちている。 ヴァンは本をとり埃をはたこうとした。だがその本に見知れぬ文章があるのに気がついた。 彼はそれを一気に頭で解読すると小さく驚愕の声をもらした。 「んっ、今度はどうしたー?」 「……いや、なんでもない」 まだ確定したわけではない。その本をゆっくりと閉じ彼は机に置いた。 後ほどにゆっくりと一人で解読するのか―― 「ふーん、まぁ別に俺に関係ないなら良いけど」 カナタの小言に空返事をした。少し見ただけだが、あの本の内容が正しければ、封印石の力は世界を―― ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― |