第3章 32話 翠色の一族〜未来への道〜
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 闇の世界、それを反射的に夢の世界だと感じ取る。 不意に頭には声が響き渡る。 何度も何度も自分を救ってくれた声、今はそれが恐ろしくて堪らない。
 ――そろそろ、だな
「違います」
 問いかけられた言葉にはっきりと自分の意思を伝え少女は相手を見た。 今まで靄が架かっていた存在は明らかになっていた。夢路で今まで問いかけてきた人物、それは――
 ――もう時間だろう? 充分生きただろう?
 それは同情の言葉ではない。約束を護れという意味だ。 優しく語りかけてくるが相手の目は笑っていない。冷たい笑みはまるで魔族のようだ。
「……まだ見つけていません。私の生きる道を――」
 ――お前が生きる道はもうないんだ
 ずきん、と胸のうちに矢が刺さったかのような痛みが走る。 反するように相手は呼応する。生きているという存在すら否定するかのようだ。
「……それでも私は……信じたいです」
 ――封印が解けるのも時間の問題だ……楽しませてくれよ
 そう残し相手は消えていった。 夢の世界だというのに天に見えるのは不気味なほど美しい月だ。 だが次第に月は黒く影となる――日食、その日まで残り僅かだ。

*…*…*…*…*

 次の目的地も判らぬまま一行は砂漠を彷徨っていた。 グリエット大陸は4大陸の内で最も広く、砂漠の多い大陸だ。 次の国への旅路も砂漠を通らなければならなかった。 だが今自分等がどの国の領土にいるのかすら解らない。
 名も知らない集落地で飛空艇を停泊させヴァンはその地に降りた。 そろそろ食用が底をつこうとしている。 ユース達が買いだしに行く間、カナタとキャラバンに出かけた。
 人で込み合っていたが、ヴァンはそういった場所は嫌いではなった。 今一人にでもなってしまったら頭の中で駆け巡るのは疑いのみだ。
「……こんなもの何に使うわけ?」
 ヴァンはカナタに持たされた大きな紙袋の中を覗き込んだ。 同時に鼻をつまんだ。匂いだけでも嫌になってしまうほどの香草で満杯だったからだろう。
「薬に決まってるだろー。キャラバン隊が運ぶ香草は昔から質がよいーって有名なんだ」
「こんな気色悪いもんが薬になるわけ……」
 カナタが持っている紙袋もきっと違う香草でいっぱいだろう。 ヴァンは匂いのきついものは苦手だった。鼻を押さえないと話しもできない。
「細かいことは気にしなーい。とにかくこれがないと本業勤まらないからねー。……俺は生きている限り医者だからね」
 いくらカナタがハーフの獣人とはいえその影響は受けている。獣人族は短命、カナタもいつ死ぬか―― ヴァンはそう思う自分が悲しくなりその思いを心の奥に締め切った。
「……カナタはこれからもトレジャーハンター続けるか?」
 彼はそれだけは訊きたかった。この先また一人で活動するのかとなると何かと心細いものもある。
「さーね、流されるままに流されてたどり着くのもいいし……多分これが終わったら本業をちゃんとするさ。見てて解ったし。 ……お前は盗人やめてトレジャーハンター……違うのか?」
「そのつもりだけど……解ってはいるさ。これから先何をどうすればいいのかくらい……でも思うんだ。 このままでいいのか、って……でも今はまだここにいたいって思う気持ちもあって――」
 まだこのまま旅を続けていたい、それが彼の本音だった。 また血生臭い盗賊業をするのは勘弁ものであり一人になるのも嫌だった。 だがヴァンは知ってしまった・・・・・・・
「素直になることも必要だと思うけどー……でも気づく前には戻れないんだ」
「えっ……」
「お前は何か知ったんだろー?」
 その言葉に動揺してかヴァンは鼻を押さえることすら忘れてしまった。昔からカナタの言葉は全て考えさせられることばかりだ。 カナタの直感は当たっていた。それは長い年月一緒にいるからなのかもしれない。だがヴァンはそれを話すことはできなかった。
「何かって……別に何も……」
「解りやすいってー、本当に昔から。言いたくないならいいけどー……溜め込むなよ?」
「……あぁ」
 溜め込むこと――それを話せたらどんなに楽だろうか。だがそれはまだ憶測の話しに過ぎない。 安易に口出してはいけないような気がした。
「じゃーここから別行動なー」
 そう言うとカナタはヴァンから紙袋を取り上げた。そして細い踵を返しもと来た道を戻っていった。
「お前どこ行く気だよ!」
「本業、飛空艇に先に戻ってるー」
 ヴァンの経験上、彼が本業だというときは大抵寝ているほうが多いのだが最近は違った。 数年前ならそういい寝るのだがこの頃はちゃんと医者の仕事をしているようにみえた。 彼も変わってきているのだろうか、そう考えるとヴァンは自分はどうなのだろうと思ってしまう。
 雑踏の中にいる自分は人ごみの中に埋もれて小さな存在となっている。
 最近の自分はおかしい、と彼の心で何かが言っている。
 昔の自分がとても遠く感じられた。それは自分が成長したからだろうか?
「お兄さん、見ていかないかい?」
 不意に声がかけられヴァンは立ち止まった。 その声の主がいる店先に広げられた数々の石や装飾品が目をひいた。 光り輝くような宝石もあれば其処ら辺りにでも落ちているような石など様々だ。 なかでも瑠璃色の石と赤く輝く石が多くある。
「なんで石とか売ってんだ?」
「ここいらの地域じゃ石には神霊が宿っているといわれている。このキャラバンの殆どの店先にこういった石があるだろう?」
 周りの店を見ると看板の部分に紐で締められた球体の石が括りつけてある。瑠璃色の石は太陽光を浴び輝いていた。
「風花の月はこの石が守護石なんだ。青金石、濃い青が特徴だ」
 ヴァンはそっと瑠璃の石を手に取った。角を削られ丸みを帯びたそれは思ったよりも軽かった。 禍々しさもまったくなく素直に綺麗と思ってしまう。これよりももっと小さい蒼の石と比べると大違いだった。
「んっ? お兄さんはこっちの生まれじゃないのかい? 風花ってのはグリエット暦だよ。向こうの大陸だと12の月だったか……」
 店主は黙ったままだったヴァンに勘違いしたのか暦の説明をした。
 "風花の月"、それはグリエット大陸での呼び方だった。4大陸共通でいえば12の月になる。
「俺もこっちの生まれだよ。そっか……風花の月だっけ」
 今だから思い出せるのは風花の月は両親が殺された月ということ。 彼は口の中に苦いものが広がっていく感じがした。
「温暖な大陸でもそろそろ雪が降る頃だ。もう風花の月も終わるがな」
「ふーん、じゃあこれは新年につかう飾りか?」
「ああ、次は光華の月。新年の祭りには柘榴石だ。兄さんのタトゥーの色だな。 この石に宿っているのは"存命"、縁起の良いものなんだよ。……そういえばこの石はアクティの護り石でもあるな」
「アクティ?」
「この砂漠を北東へ進めば着く国だ。小さいが豊かな国だぞ? このキャラバンも次はそこへ行くんだ」
「ふーん……」
 アクティ、彼は聞いた覚えのある国名を頭の中で過ぎらせた。だがなかなかそれが何だったのか思い出すことが出来ない。 紅の柘榴石、存命の護り石の国はどのような場所なのか。
「そういえば……今日って風花の月21だよな?」
 不意にヴァンはそう発した。
「そうだが……どうかしたか?」
「いや……これ欲しいんだけど」
 ヴァンはそういうと少し照れ臭そうに並べられた装飾品の1つを指した。

*…*…*…*…*

 買い物も終え、ヴァンは飛空艇に戻ろうとしていた。 キャラバンの雑踏に紛れながらも、先ほどの会話が頭の中で渦巻いた。
 ――でも気づく前には戻れないんだ
 気付く前、そこに戻れたら今の肩の荷はおりるだろうか。
 たまたま開いた本に書かれた内容が封印石のこと、それは彼女らを疑うものだったのだから。
「うわっ!」
 急に視界がクリーム色の何かに覆われ、彼は立ち止まってしまった。 顔にしがみつく何かを引き離そうとそれに触ってみると羽根があることがわかる。 その首元を掴み取り顔から引き剥がした。
「フォール! いつ戻ったんだよ」
 同時に鳴き声が返ってくる。言葉はわからないが答えたつもりなのだろう。 潤った瞳でこちらを見た龍は確かにフォールだった。 ひびが入った紅玉、それが生々しく残っている。龍族に預けて以来だ。 顔にしがみついたのはきっと嫌がらせだろう、性格が主人に似てきている。
「早くお前のご主人見つけないとな……っておい!」
 手から逃れ龍は少し大きくなった翼を羽ばたかせ先へと進んでいった。それを追うようにヴァンはついて行った。 時々振り返る仕草はまるでついて来いと煽っているようだ。そして進んだ先はキャラバン隊を越え人気のない郊外地だった。 砂漠が延々と続くのが見える。そこに1つの影があった。
 龍は羽を羽ばたかせその者の肩に停まった。砂漠の横断には欠かせないようなマントを羽織っている。 後姿だったがその姿をヴァン知っていた。綺麗に一つにまとまっている金の長い髪が揺れる。 確信を得たヴァンは後ずさり言葉を発した。
「ジルハ……」
 ヴァンの発した言葉を訊くと彼は振り向き顔を見せた。それは確かにジルハだった。後ろで1つに結んだ姿はあの魔族に似ていた。 フォールがここにいるのも不思議だが連れてかれた彼が何故いるのだろうか、 あの日から月日もそれなりに経っている。人界にいたというのなら何故、とヴァンの中で疑問が浮かぶ。
「お前! 今まで――」
「地界にいた」
 問いが終わらぬうちにジルハは答えた。はっきりとしたその声にヴァンは一瞬怯んだ。 長い前髪から覗いた瞳の色は紅を帯びた橙色だった。 以前とは違い彼がとても大人びて見えるのは背のせいだろうか、 10センチ以上差があったのに今では目線が近くにある。
「まてよ! お前魔族の味方なのか!?」
「俺はどちらでもない、魔族には自分の目的があった……それだけだ」
 彼の目的は魔族の血をなくすこと、だがその瞳は矛盾していた。ヴァンの頭は混乱でいっぱいになってしまう。
「とにかくユース達に――」
「時間がない。俺はお前に話があったからここにいる」
 ヴァンは動き出した足を止めジルハに目をやった。彼も疑っているのだろうか――何時だかの夢巫女のように。 ユースには話せないこと且つアーチェも同等、ならば次の自分に回ってくる。 彼女らに話せないこと、それは封印石関係の話しに決まっていた。
「……封印石のことか?」
 問いにジルハはこくりと頷いた。その様子にヴァンはまた嫌な気分になってしまう。
「地界で御子に話を聞いた。封印石は身体、魂、力……、禍なんかじゃない、それらには"人"を分けたものを封印されていると――」
「これに……もか」
 ヴァンは徐に懐から白く光る菱形の石をジルハに見せた。一瞬ジルハは硬直すると目で何かを訴えた。 何故、お前がそれを持っているのかといいそうだ。
「白の封印石、誰かに見せるのは初めてだよ。天界の……夢巫女から預かってるものだ。 これと蒼の石と……魔族が1つ持ってんだろ?」
「黒の封印石は地界で御子が持っている」
 ――地界の封印石を探しているのかもしれません
 ヴァンの中でユースが言った憶測の言葉が浮かんだ。 ジルハの様子からすると魔族は石を探していたのではないのだろう。 彼等は欠片もこちらに渡してきている、全てが集まるのを待っているのだろうか。 魔族のことはまだ何も信用できたわけではない。
「……だが黒と白の封印は解けている」
「何の効力も持ってない、それは俺も知ってるさ。……さっきの話からするとそれは復活でもするのかもな」
 ヴァンは頭の中で靄がかかっていたものが一気に晴れていくのがわかった。 禍ではない、それは"人"。だとしたら――
「……トレジャーハンターの仕事でたまたまある文献を見たんだ。人界の数千年の歴史……そしてあることについて書かれていた。 それが正しければ石に封印されたその"人"は世界を壊す者なんだろう?」
「お前っ、どこまで知ってる」
 そのジルハの言葉でヴァンは正確に確信を得た。 「いや、ここまでだ。今の今まで憶測だけだったけどな。まさか当たってるとは思わなかったけど」
 鎌を掛けられたジルハは一瞬顔が強張った。下を向き何かを決めたように言葉を発する。
「単刀直入に言う、これ以上封印石を集めるな」

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