|
第3章 33話 翠色の一族〜約束の在処は此処に〜 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 真っ直ぐな視線は容赦なかった。これ以上封印石を集めない、そうしたら彼女は―― 「それはお前の意見? それとも……魔族か?」 「俺の独断の意見だ」 「そっか……。俺も同意見だけど……な。だが魔族は何で人界の封印石を集めさせているんだ?」 手に握った白の石に力がこもった。白の封印石はもう何の力もない。 だがそれが持つ恐ろ気な力――波紋は広がり続けている。ヴァンはこの石をこのまま葬ってしまいたかった。 「お前が連れてかれたときも、魔族は欠片を置いていった。まるでユースに全て集めさせようとしているみたいだ。 それが危険だとお前は教えられてるのに……なんで魔族は俺等にそれを言ってこないんだよ」 「それはっ……」 ジルハは反論の声を上げたがその続きが出なかった。そこは聴かされていないのだろう。 ユース達から聴いた魔族の話だと彼らは人間を殺している。エルエン族が滅んだのは魔族のせいだと彼は聞いていた。 だとしたら、封印石を集める人間を殺せば早い。集める者がいなければ危険なことは回避できるだろう。 「蒼の石が集まりきれば魔族の呪も解ける。いや、これは憶測だ。御子の話からの憶測……石に封印されたモノが魔族に呪をかけた。……だから集めさせたいのかもしれない」 ジルハは地界の現状を思い出した。累々と横たわる屍化した魔族の数は計り知れない。御子はそれを解きたいと願っていた。 その願いの為なら厭わないのだろう。 「呪……? 魔族にも呪が、か?」 ヴァンは御子を思い出した。紫黒の長い髪は禍々しさを感じさせた。 紅の瞳は血の色のようで恐ろしい――それが魔族の長である御子。ジルハを連れてく際に確かに彼は"呪"という名を発していた。 「魔族の呪のことは俺にも詳しくは知らない。だが……これ以上の犠牲を失くすために魔族も……動いているんだ」 "犠牲"――それは封印石に関わることで生まれるものだろうか、とヴァンの中で渦巻く。 サイカのあの一件だけでも犠牲者は多い。ヴァンは何も出来ない自分の無力さを疎んだ。 犠牲を失くす事、それは封印石を集めきれば終わるだろうか? 集めきったときに起こることは―― 「これ以上話していいのかは解らない。それに魔族の目的もまだ解りきってない。 だが封印石を集めきったときに起こるのは悲劇だけだと思う。俺は……もう一度地界に戻って話を訊きに行く」 「……お前は戻らないつもりか? あの飛空艇にも……」 「今の俺に出来ること、それは地界じゃないと出来ない。フォールは残らせる、だけど俺の存在をまだ知らせないで欲しい」 フォールは最初からそれを了解していたかのようにヴァンのもとへ飛んだ。 哀しそうな瞳でジルハを見ておりその姿に彼は一瞬戸惑った。 「……お前はそれでいいのか?」 ヴァンの問いに答えず彼の周りには極彩色の光で包まれる。魔術――彼はそれを手に入れていたのだ。 以前御子が見せた移動の術、彼はその光に包まれ薄れていく。 「おいっ、待てよっ!」 ジルハはその声に止まる事は無く空間の歪みへと消えていった。残ったのは砂地に残る行き先の消えた足跡だけだった。 *…*…*…*…* ヴァンとフォールは飛空艇の停泊地へ向かった。 先ほどの郊外地とは反対の場所に飛空艇は止めてある。人ごみの中へもう一度行くのは気が引けたが仕方が無かった。 「あっ、おいっ!」 停泊地が見えてくるとフォールは何かに気付いたのか、ヴァンのもとを離れ先に飛んでいってしまった。 龍が向かった先にいたのはレウィーだった。 「えぇ? なんでフォールがいるの!?」 フォールはレウィーの側へ行くと肩にとまった。ヴァンに対しての態度とは全く違い彼は少々ムッとした。 「ちょっと向こうの郊外地に出たらいてさ、……怪我も治ってるから帰ってきたんだろ」 反対の郊外地にはジルハがいた。だが今は彼の事を話さないでおいたほうがよいだろう。 彼の願いどおりになるのはヴァンにとっては癪だったが仕方がない。自分自身も混乱しつつあったからだ。 「でも無事で良かったわ。やっぱり一人でもいなくなると寂しいもんね」 その言葉にヴァンは本当のことを話していないことに胸が痛む。レウィーは既に大事な人を失っている。それも封印石の"犠牲"だ。 「……レウィーは何してんだ?」 必死に話題を変えようとしたせいか、ヴァンは最初声が裏返ってしまった。 だがそんなことを気にすることも無くレウィーはいつものように微笑んだ。 「水集めよ、砂漠の真ん中ぐらいにいるんでしょう? 水分が足りないから外に出て補給してるの。鱗族は水無いと死んじゃうもんね」 彼女の周りをよく見ると空中に水の小さな塊が浮いていた。 それは彼女のなかへゆっくりと入り込んでいた。鱗族は水気を操る、彼はそれを思い出した。 「凄いよな……いろんな意味で。俺の能力とかとは違って自然の力だもんな」 心で操る力とは違い、亜人種は自然の力を借りたものだ。実際にこの水は空気中の水分が集まったものだ。 「フォールも力もってるはず……再生だっけ? もうお前は使えないかなー……」 その問いに答えるかのようにフォールは鳴き声で返した。ヴァンは飛空艇へ戻ろうと動き出した。 同時にジャケットの中からかさばる音が聞こえた。その音の存在に気付きヴァンは踵を返した。 「……ユース知らないか?」 「ユースなら向こうの砂丘にいるわよ?」 「解った、ありがとう」 レウィーはそういうとさらに奥の砂漠を指した。ヴァンはそれを聞くと走って向かっていった。 「……解りやすいのよ……本当に」 レウィーはそうポツリと言い残し、フォールを強く抱きしめた。 ヴァンは彼女の声に気づくことも振り返ることなく丘を目指して走っていった。 彼はいくつもの小さな砂丘を越えた。夕陽のせいか黄金に輝く砂には足跡が残っておりそれを追っていった。 そして飛空艇からかなり離れた場所へとたどり着いた。一人佇んだ少女の後姿を見てヴァンは立ち止まった。 「ユース!」 ユースはその声に気づくとヴァンのほうへ向いた。振り向きざまに夕陽が彼女の髪を照らした。 その彼女に近づくのは少し気が引けたのかヴァンは止まったままだった。 「どうかしましたか?」 ヴァンは手招きし、ユースをこちら側に来させた。 彼女の頭の上にはクエスチョンマークがついていそうだ。 「手ー出せ」 「はい?」 「いいから!」 ユースはわけも解らず、両手を差し出した。ヴァンは袋から片手何かを握り締めながら取り出し、彼女の手の平にのせた。 「ピアス……?」 彼女は手の平にポツンとのったのはピアスを見つめた。そして咄嗟にヴァンの顔を見上げた。 頬が少し赤く染まっているのは夕陽のせいだけでは――ないだろう。 その動作にヴァンも驚き動揺した。 「いや……その、さっきキャラバンで見つけてさ」 ヴァンは先ほどの買い物で言われたことを思い出した―― 「……これ欲しいんだけど」 並べられた商品の中で、ヴァンはあるピアスを指した。 光加減では白くも青くも見える小さなボール型のピアスだ。風花の月の守護石を細工したものらしい。 店主はそれを手にとると小さな紙袋に入れた。 「兄さん、この石の意味を知ってるかい?」 徐に、店主は口を開いた。石に宿った意味、ヴァンはそんなこと知らなかった。 「いや……」 そういいながらヴァンは手持ちの金を店主へと渡した。 店主はそれを確認すると釣銭をヴァンへの手に置いた。 「"約束"って意味さ。……大切な奴にでも渡してやりな」 それを思い出すとヴァンは少し気恥ずかしかった。 単に似合うだろうと思い買ったピアスにそのような意味があるとは思わなかったからだ。 だが彼女はこの石の意味を知らないだろう、と肯定させた。 「もうすぐ誕生日だしちょうど言いかと思って……」 「貰っても……良いんですか?」 「そのために買ったんだから……あ〜っ! これ以上は言わせんなっ!」 「……ちょっと待ってください」 彼女はそう言うと自身の耳元へと手を伸ばした。つけているピアスを彼女は外し貰ったものをつけた。 銀の髪の隙間から見える白くも青くも見える石は映えていた。 そして彼女はヴァンに右手を差し出した。 そこには今までつけていた青碧のピアスがあった。 「交換です」 そういい彼女は満面の笑みを見せた。今までに見せたことのない表情だった。 そんなに喜ぶことだったのか、とヴァンは照り返してきてしまった。 「ありがと」 それを受け取るとユースに笑みを返した。 同時にユースはくるっと後ろ向き何か言いたそうだった。だが、その姿は儚くて消えてしまいそうな気がした。 「……お前いなくならないよな?」 取り留めの無いことかもしれない、だが彼はそんな気がしてならなかった。 夕陽が落ち始め、遠くの空は薄紫色へと変わっていった。段々と襲いこむ闇に彼女が飲まれそうだ。 「どうしたんですかヴァンさん? ……いつもと……違いますよ?」 ユースは振り返るとヴァンを見上げた。彼女の表情は普段と違い何かが満ちている。 「いつも?」 いつもの自分、それは誰だったんだろうか。 気付く前には戻れない、だから"自分"は変わってしまったのか、と―― 「そうですよ。"いつも"もでしたらそんなに眉間にシワなんか寄せてないじゃないですか? 最近はずっとそんな顔ばかりしてます」 ユースはヴァンの眉間に指を指した。ヴァンはそっと自分の額に触れてみた。 「そうだっけ……」 「そうですよ。ヴァンさんは笑っていないと駄目なんです」 「お前は……?」 ユースはその言葉に一瞬顔が強張ったかのように見えた。 「"いつも"のお前はどうなんだ?」 「……私は私ですよ?」 笑みを浮かべた少女、だが何かが違った。姿は変わっていなくても出会った頃とは何か違う雰囲気をもっていた。 何時からだろうか、こんなに彼女を遠く感じるようになったのは―― 「最近は調子がいいんです。能力をあまり使ってないからかと思いますが……」 「でもまだ無理できないだろう? 砂漠は気まぐれだし……」 「ヴァンさん、私だってこの大陸出身ですよ? 砂漠には慣れてます。 ここ最近だけで沢山の事がありました……気付けばまたこっちへ来ていましたね」 沢山の事、それはユースを間接的に傷つけているものばかりだろう。 魔族の一件から始まりサイカの事まで一気にここまできた気がした。 「また……って?」 「気付きませんでした? この先にはキャンターがあるんですよ」 「アクティじゃないのか?」 店主の言っていたことと違った。キャンターはユースの故郷であり哀しい場所でもある。 「キャンターはアクティ所属です。話してませんでしたか? アクティは私とアーチェが育った国……ですね。 この先にあるのがアクティの首都です、"地平の光"ともいわれています」 「じゃあそこにはアーチェの両親がいるのか」 「そうですね。王族の護人ですし――」 ランフォード族は王族の護人。何故アーチェがユースに就いているのかヴァンには解らなかった。 「もう一度キャンターに行こうと思うんです。私はしっかりとそれを見ないといけない気がします。 ……この前は……ちゃんと向き合えませんでしたから……」 それはサイカの一件があったからだろうか、と彼は考えた。その意志は強いのだろう。 彼女を止めることができないのをヴァンは知っていた。 「そっか……俺は反対しないけどな……」 本当は行かせたくないという思いが彼の中で駆け巡る。自分だったら怖くて行けないのかもしれない。 ユースにとってそれに向き合うのは怖くないのだろうか? 意志を尊重したい、だがそれでも心の奥で誰かが行かせるなと言っている。 「……ユース」 「なんですか?」 「……いや、なんでもない。そろそろ戻るか」 喉にまで出かけた言葉を飲み込み彼は踵を返した。 ユースはその言葉に了承するとヴァンの後について行った。 後に、ヴァンの中で後悔として残ったのは最後まで彼女に問い詰めなかったこと、 そして行かせるのを止めなかったことかもしれない。 *…*…*…*…* グラスに注がれた水を薬とともに彼女は飲み干した。 口の中に苦い味が広がっていく。唇に残った水分を拭うと彼女はそっと外を見た。 「アクティ……か」 飛空艇の操縦室でアーチェは一人この先にある国を思い浮かべた。 昔を思い出せばあまりいい思いはしない。 自分の手を見つめ、同時に固く拳を握る。彼女は目を閉じると一点に力を集中させた。 だが何の変化も無く彼女の中で虚しさだけが残った。 「まだ使えない……」 薬のせいもあるのだろうか、能力の兆しがなかった。 忌み嫌われ続けた能力がいまは自分を示す力だと思うと悲しくなる。力を欲する"自分"がそこにいる。 壁に寄りかかると同時に彼女は眠気に襲われた。薬の副作用だろうか、一気に意識は薄れていった。 いつからこんなにまでも弱くなってしまったのだろうか――と考えが交叉し途切れた。 飛空艇はゆっくりと暗闇を漂っていく。砂漠の向こうの国に向かって―― ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― |