第3章 34話 翠色の一族〜彼女の使命〜
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 中枢に立っている女性、それは完全に自分の姿だった。 鏡で写しているかのように酷似している。
 ――あと5日だ
 彼女の口がゆっくりと開き時を告げた。すっと手をこちらへ伸ばすと掌の周りが歪み始めた。 そこから現れたのはまだ欠けたままの蒼い輝石だった。
 ――何も告げずに迎えるのか?
「それが私の覚悟です」
 そう答えると彼女はふっと不吉な笑みを見せた。蒼い輝石は彼女の周りをくるくると舞っている。本来の持ち主の意のままだ。
 ――覚悟? 嘘をつけ、それは強がりだ
「違います!」
 嘲るかのような言葉についかっとなってしまった。強がり――確かにそうなのかもしれない。 そのことを言ってしまうのが怖い。言ったらきっと嫌われてしまう。
 ――ただ自分を可哀想だと思ってほしいだけだ
「違う……私は……」
 ――嘘をついているのは変わりない。認めてしまえ
 もう反抗することすら無駄に思えてしまう。流れにゆられたら自分はいつの間にか消えるだろう。 そう思っている間に自分は薄れていく。身体も意識も支配されていく。

「ユース様?」
「……私……」
 急に現実に引き戻され身体が瞬間的に震えた。自分の両手があることを確認するとあれは夢だと感じ取れる。視界が揺れ動いている――そうだ、今は移動しているのだ。 乗り物の揺れが激しくアーチェの肩を借りてすこし眠ったのだ。
「体調が優れませんか? もうすぐ……城に着きます。我慢して下さい」
「……大丈夫です。ちょっと……うたた寝してしまっただけですから」
 ほんの少しの時間で一気に近づかれた気がする。もう日は少ないからだろうか、だが気付かれるわけにはいかない。
「なら良いですが……申し訳ありません。あたしのせいで――」
 アーチェはそう言うと頭を小さくユースに下げた。 アクティに着き、直ぐに衛兵に連れて行かれてしまった。それは抵抗できるものではなく、ユースとアーチェは従うしかなかった。
「いえ……、アーチェが謝ることではありません。私が2年前に言い出さなければ良かっただけのことですから」
 曇っているせいか、それとも憂鬱な気分のせいか、2人とも気持ちがめいっていた。 そのまま会話はなくなり、からからと車が回る音だけが響いた。不意にユースはアーチェの肩に頭を軽くのせた。
「アーチェは……約束を守ってくれます」
「はい? ……何か仰いましたか?」
「いえ、独り言です」
 ぼそっと発した言葉、アーチェに聞こえていてもまだ解らないだろう。たとえ覚えてなくても時がくれば思いだす約束。
 そう、時間まであと少し。

*…*…*…*…*

「レウィー……何やってんだ?」
 ヴァンは気持ちが落ち着かなく、飛空艇内をうろついていた。 何をする気もなく談話室へ入ると一人佇んだレウィーがソファーに座っていた。 ギュッと側にあったクッションを抱きしめていた。
「だって……寂しいんだもん。この頃は皆遠くてわたしを置いてどっか行っちゃいそう。 ユースとアーチェだって……わたしだったら嫌、あれって連行されたようなものじゃない?」
「連行って……捕まったわけじゃないんだからさ」
 アクティに立ち寄ると同時にユースとアーチェは衛兵らに連れて行かれた。理由は分からないが、2人は何も言わずに行ってしまった。 彼女らが育った国で何があったのかは知らない。郊外地に飛空艇を停泊させ待つことしか出来なかった。
「だってもう5日よ!? 何があったのかここからじゃ解らないし…… わたしたちはここから動くことも出来ない。……街へ行っても何の情報もつかめないし」
 既に5日経っていた。アクティに来たのが25日、それから5日だ。 流石に何かあったのではないかと心配になる。何か無くてもおかしい。だからレウィーは連行という言葉を引用したのだろう。
「それにアーチェは――」
「んっ? アーチェ何かしたのか?」
「……気づいてなかったの!?」
「……へっ?」
 ヴァンは何の話をしているのかわからず惚けた声を出した。 同時にレウィーは抱きしめていたクッションをヴァンに投げた。 それを難無く受け止めたが思い当たることも無かった。
「……この様子じゃユースも知らないわね……」
「どういうことか説明しろよ――」
「アーチェは倒れる寸前なんだよ」
 ヴァンの言葉を遮るようにカナタの声が響いた。 いつになく真面目な口調の彼がドアを蹴飛ばすかのようにして入ってきたのだ。 どことなく苛々しく、ヴァンはそんな彼を見るのは初めてだった。 カナタは近くにあった椅子に座り込むとまつげを伏せ言葉を述べた。
「"欠乏症"ってやつだ。能力はリスクを負う。使い方を間違えればどうなるか知ってるだろう……お前は」
 ユースがそうだった。能力を使った後は日課のように倒れこむ。 そしてヴァンもほんの少しだが経験はあった。周りに人吸樹があり、その上で能力を使った。 肩で息をしないと苦しいほどだったのを覚えている。
「……今は薬で抑えてる。大丈夫……とは言い難いけど1日もつかもたないか、だろな。 多分もうとっくに切れてる――今頃倒れているかもしれない……おっと、言うなよ? 怒られるからなー」
 やっといつものカナタらしい口調に戻っていった。だが聞かされた真実はヴァンにとって大きい。
「……そんなの俺、何も知らなかった」
 様子の変化に気付くことも無かった。それを2人は知っていたと思うと仲間はずれにされたかのようで嫌だ。
「普通は気付かないかもね。……ねぇヴァン、わたしとカナタは亜人種……じゃない? やっぱり人とは少し違う……かな? 人が鈍いところ、わたしたちは結構敏感なの。だからアーチェのこと、解ったのかもしれない」
 亜人種――時々忘れそうになるが2人は人とは違う部分がある。 ヴァンは亜人種と人の違いなんか身体の一部だけで大差ないと思っていた。
「それでも解らない事も……ある。隠すのが上手い人のことって本当に解らない。だからそういうのはヴァンが気付ければいいね」
 レウィーの慰めのような言葉、それは少し哀しい。隠すのが上手い人――それはユースのことを指しているのだろう。 ヴァンも彼女の心理は分からないのが本音だ。
「みんな限界のところにいる……そろそろ終わりなのかもね」
 ぼそっと発された言葉にヴァンは同意してしまいそうだった。
 終わり、いつかはこのたびの終わりが来てしまう。 そうしたら自分は? と思うたびに考えるのをやめたくなってしまう。 終わりなんかこなければいいと願う自分がいた。

*…*…*…*…*

 その5日前のことだ。城兵に連れて行かれ、ユースとアーチェは離れてしまった。 ユースは抵抗無く兵士に連れて行かれた。アーチェは何も出来ないのに無力さを感じた。 その行き先を彼女は大体予想できたが、今は自分のことで精一杯だった。
 通された間には紅い絨毯が延々と続いていそうだ。 兵士に囲まれ身動きがとれず観念し、一歩一歩進んでいく。その果てには浅い階段が広がっていた。
 階段の先には威厳高き人物が王座に座っていた。 数年前から何も変わっていない様にアーチェは感じた。 王族の特徴である金の髪、アクティの血筋であることを示す青みのかかった灰色の瞳。 普通なら謁見すらすることの出来ない高貴な人物だ。
「……アーチェ・ランフォード、只今戻りました」
 左膝を付くと左腕を前にし頭を下げた。王座の後ろには翡翠の髪――両親が従っていた。 帰ってきた娘に対して何も言わない無言の2人が怖くてたまらなかった。 王の服装をよく見てみるとアクティ王家の紋章とランフォードの印が刻まれた紋章がある。 両親が贈った物だろう、銀色の印は光り輝いていた。
「2年ぶりか……汝らが此処を抜け出して以来だな。アクティに立ち寄ればどうなるか判っていただろう? 何故戻ってきたのだ」
 王の言葉はアーチェを一気に強張らせた。顔を上げ、声を出そうとしたが緊張のあまり途切れそうだ。 2年前、ユースの目的を知り2人でこの城から抜け出したのは事実だ。 何のために王がユースを保護しているか、その理由をアーチェは知っていた。 唯"不吉な一族"ということでこれ以上の被害を失くす為。
 それがたまらなく嫌で何も告げることなくこっそりと出て行った。
「そ、それは……目的のためです。主の目的のため立ち寄っただけです」
 封印石が彼女を呼んでいた。だから否応無くこの国に来てしまった――
「汝の主……あのエルエンの娘のことか? 汝はランフォード族だろう? 我らを護る一族だ。いい加減に遊びはやめ我らに従え」
 遊び、それは今までのことを指しているのだろうか。その言葉に彼女の感情は一気に高ぶった。 膝を立たせ、すくっと彼女は立ち上がった。
「遊びなんかではありません……物でもありません。私が従うのはユース様のみ。たとえ一族に反しようと私は従いません」
 それは王に対する暴言行為だ。だがそんなこと彼女はどうでもよかった。衛兵達が一斉に構える。それを制するかのように王は手を横に振った。
「それは許されぬこと。汝が護人する者は他にいる。ランフォード族は王族がいるから存在するもの、使命を全うせよ」
 使命、それは何だったのだろうとアーチェの中で疑問が浮かんだ。自身にとっての使命はユースを護り抜き最後を見届けること、 そう思い今まで旅に反することは無かった。けれど人はそれを間違っていると言う。 自分の中で決めたこと、それは本当に正しかったのだろうかと思ってしまう。
「今ここで決めよ! ランフォード族の使命を選ぶかあの娘を選ぶか!」
 王の声が城内に響いた。アーチェはぎゅっと唇を硬く結んだ。 確かに間違っているのかもしれない、けれどあの人をモノ呼ばわりされるのはもっと嫌だった。
「……長年、気味悪く思っていた貴方が私を必要とでも? そんなの傲慢だ」
 その言葉に母親が一瞬動いたかのように見えたのは気のせいだろうか。 アーチェの能力である"情報"、それはある時には全てを知りえてしまう悲しい力でもある。 それを気味悪く思いユースとともに隔離された。
「……アーチェ・ランフォード、あたしの使命は誰かに決められたものなんかじゃない! 自分で決めた人を護る!」
 最初に必要としてくれた人を護る、それは自分で決めたものだ。 初めて自分の意志で進んだ道を邪魔されたくなど無かった。
「それが答えか……ならば仕方がない。あの娘を処刑する」
「そんなことさせたら――王であろうと容赦はしません」
 アーチェは腰布に隠れた武器の先を手に取った。その動作を見て兵達はまた構えた。 王の後ろで唯平然と見ていた両親もこの事態に動き出そうとしている。 だが王だけは冷静だった。
「エルエンは不吉な一族、それは汝もわかっておるだろう? 今までこの城に閉じ込めたのはこれ以上野放しにはせぬため国に禍をもたらすなら仕方があるまい」
「禍なんか起きません! 確かに近隣国で禍とも呼べる出来事が起きています。でもそれはあの方のせいではな――」
 反論しようと声を張り上げたがアーチェの視界がぐらっと揺れた。 同時に脱力感に襲われる。まだ何も解決していないと思いながらも床に膝を付いた。 激しいめまい、カナタから渡された薬が切れたのか――と一瞬考え彼女の意識は飛びその場へ倒れこんだ。

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