|
第3章 36話 翠色の一族〜The truth or a falsehood〜 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 牢屋から地上へでて直にアーチェは門番を蹴り倒し気絶させた。 一人の兵士以外にあたりには人の気配は無かった。 そして出口の代わりに続くのは長い階段だった。 抜け出しても直ぐに捕まえることが出来るよう、逃走人の足を止めさせる工夫がなされている。 一気に駆け上がっても階段の終点地は城の最上階である五階だ。そこから一階に下りるための階段も遠い。 二人は慎重に進んで行ったが、広い城中の廊下を後ろからは足音が段々と近づいていた。 門番を蹴り倒したことによって、他の兵士達に伝達されたのだろう。 光の球が教えてくれる方向へ、アーチェはユースの手をとり走っていた。 以前住んでいた城でも迷路のように入り組んだ造りをしており、なかなか抜け出せずにいた。 一刻も早くこの城から抜け出さなければならないと焦る気持ちだけが増していった。 アーチェは球から情報を受けるとユースを連れ、咄嗟に壁に身を寄せ、兵士が通り過ぎるのを待った。息を殺し気配を漂わせぬように。 「……撒けたのでしょうか?」 どれくらい沈黙していたか解らないほどだった。 ユースの言葉でアーチェは我に返ったかのように球からの情報をまた得る。 兵はおろか近くに女官もいないようだ。 「大丈夫です。兵はしばらくは来ません。別棟に向かったようですから……」 アーチェは緊張の糸が切れたのか、壁にもたれながら座り込んだ。 そして球を手の平に乗せ、また新たな情報を得る。 いつ誰がこちらへ向かってくるかは解らないからだ。 が、それも段々と苦しくなっているのにアーチェは気付いた。 「アーチェ……病み上がりなのにすみません……」 「そんな風に言わないで下さい。これがあたしの使命です。 兎に角、この先からです。普通に門から出ることは出来ないでしょう。 飛空艇の停泊地まで道のりはかなりあります」 「だったら私の力で新しく――」 「それはなりません。これ以上力を使わない方が良いはずです。 使うとしてもそれは最終手段として温存してください」 アーチェの真剣な眼差しにユースは眼を背けた。 これ以上力を使えばどうなるか、ユース自身がわかっていた。 けれどまた護られているだけの存在になっている気がして歯痒かったのだ。 (私はまた無力だ――) その気になれば今この場から見えている身の丈以上にある窓から飛び出して能力を使えば簡単に逃げ出せる。 地面にクッションのようなものを創造すれば良いだけの話だ。 けれどそれはアーチェの体力を考えれば無理に近い。自分は耐えられても彼女は耐えられまい。 座り込み、息を切らしている彼女は今限界状態にいるのだろう。 不意にカタンと窓枠を何かが触れた音がした。 アーチェは一瞬でそちらに気付き眼を向けた。こんな所で捕まるわけには行かないと―― だが、音を鳴らした主は夜暗に映える淡黄色の龍だった。 紅玉を窓枠に当て、コンコンとノックするかのように音を鳴らす。 ユースは辺りを確認し、ゆっくりと窓に向け歩いた。 音を立てぬよう静かに窓を開けた。すると龍は勢いよく彼女へと飛び込んだ。 「フォール? なんでこんな所に……もしかしてずっと探していてくれたんですか?」 こくんとフォールは頷くとユースの腕から離れ、アーチェへと向かった。 まるで「大丈夫か」と言わんばかりの眼差しだった。 「有難う……」 アーチェは軽く礼を言った直後だった。光の球から新たな情報が頭へと入り込んでくる。 「三、四……いや、五か……」 五名程度の兵がこちらに近づいてきている。どうやら別棟を探し終えたようだ。 ユースはアーチェの呟きを即座に理解しフォールに小声で頼む。 「フォール、皆さんを呼んできてくれますか。飛空艇で迎えに来て欲しいと……」 小さく了承の泣き声をだし、龍は窓から深い夜闇へと去っていった。 飛空艇がくるにしても時間はかかる――早くて二十分弱だろう。 それまで何とか逃げのびなければならないのだ。 先ほどのように遠くで足音が響く。球から情報を得るまでもない。 どたどたと、城では無礼だといえる走り方で。 二人は壁を沿うように走り出した。 「ユース様……約束を覚えていますか?」 囁くようにアーチェは言葉を発した。 「はい。無理をしない……ですよね。ちゃんと守ります」 「もう一つ約束していただきたい事があります。 これが終わったら全て話してくれませんか?」 アーチェは後ろを走っているユースの表情を見ることは出来なかった。 しばらくの間の後、ユースはもう一度聞き返す形で訊いた。 「全てですか?」 「封印石のことも何もかも、今あなたが隠していることをです」 隠していること、今まで黙認していたことを含め、話をしなければならない。 ランフォードを棄てるのなら、それも許されるだろうと―― 「アーチェが約束を守ってくれれば 「約束……?」 アーチェは覚えがなかった。必死に記憶の糸を辿ったが思い当たることはない。 「もう少しで解るはずです」 ユースはそう言い振り向くといつものように笑った。 だが今となればその笑みすらも全てつくっているかのように見えた。 *…*…*…*…* 急に光の球がぶれた。 その異変にアーチェは気がつき、直ぐに原因を突き止めようと能力に集中する。 そしてアーチェはユースの手を引っ張り走るのを止めた。 「アーチェ、どうかしたんですか?」 「ユース様、あたしの後ろに居てください……」 前から歩いてくる人物にはユースも見覚えがあった。 光の球がぶれたのはアーチェの知っている人物が向かってきているからだろうか。 同じ翡翠の髪に瞳、首から提げる王家守護の紋章――アーチェの母親だ。 ユースはその人を久しぶりに見たが二年前とさほど変わらぬ姿だ。 切れ長の眼はこちらを確認し、十歩程度手前で立ち止まった。 「……何故あの日抜け出したの? ここに居ればあなた達は幸せだったのに……」 アーチェの母親は蔑むかのような眼で見る。それに彼女はまた一歩進む。 (周りに兵はいない。だったらこの人を振り切ればいいだけ……) 「何故抜け出したの?」 もう一度繰り返す言葉は命令のように聞こえた。答えろと言っている。 昔から何も変わっていない母親に彼女は逆らうかのように声を上げた。 「幸せ? ずっとここに閉じ込められて死んでいくのが幸せだというの? あたしのことを……気味悪がってたくせに……」 「ずっと……心配していたのに?」 心配――していたのだろうか? そんな筈はない。今の今まで一度もしっかりと自分を見てくれたことなどなかった。 能力に目覚めたせいで、両親のランフォードとしての立場は悪くなったのだから。 アーチェは母親の本性が解らなかった。 「今更……母親らしいことを言ってもあたしは戻りません。そこを退いてください」 「……ランフォードを棄てるというの」 「棄てる? ……先に棄てたのはそちらだ。……もういいでしょう!? そこを退く気がないなら力で突破する!」 アーチェは苦い顔をしながら構えた。ここで退いてくれればどんなに楽だろう。 いくら気味悪く思われていようと、自分は親を傷つけることなどできはしないのだ。 だが母親は退くなど気などなかった。 スッと懐から銃を素早く取り出し、アーチェが動く前にそれを撃つ。 「馬鹿な子……」 銃声が響くと同時に弾丸はアーチェの肩を貫いた。弾は血とともに壁に痕跡を残す。 撃たれた瞬間がスローモーションのようにゆっくりだった。 愕然とした表情でアーチェは母親を見た。 撃った彼女は娘のことを哀れんでもいない様子で哀しくなる。 自分は躊躇っても母は躊躇うことなどないのか―― そしてごぼっと自分の血が逆流する。撃たれたからか――いや違う。身体が動かない。 欠乏症が再発したのだろうか。だがどちらにせよもう自分にはどうしようも出来ない。 必死であげた声は擦れて消えてしまいそうなほど小さなものだった。 「――……ユース様……逃げ……くださ……」 光の球が消える。アーチェの視界は暗くなった。 「アーチェ!」 ユースは彼女が倒れるのを抱きとめた。 まさか彼女の母親が撃つとは思っておらず油断していた結果がこれだ。 既にアーチェは気を失い、傷口からはどくどくと血が流れ服や床を汚す。 それが全部アーチェの血だと思うと不思議な感じがする。 今まで護ってきてくれた人物はあの小さな道具に命を奪われようとしている。 ユースは自分の中で血が引いていくのがわかった。銃声により駆けつけた兵士達でさえ青ざめていた。 同じ一族の者をこうも簡単に殺そうとすることができるのだから――実の親子でも。 彼女の身体はまだ温かい。急所も幸い反れている。急げば間に合う―― 「早く牢に戻りなさい」 銃口から硝煙が消えぬうちに冷淡に話す母親をユースは睨みつけた。 牢に戻ることなどできるわけがない。アーチェを助けるのだから、とユースは逃げ出す算段を必死に考えた。 だが、また撃とうとしているのかこちらに銃口を向けている。 ユースは堪えに絶えかね、口を開く。 「貴女は……自分の娘を傷つけることを厭わないのですか!」 「王に忠誠を誓った身、優先順位がある」 「だからって……酷すぎます!」 「それがランフォード族なのよ」 王を護るためなら何も厭わない、自分の意志に反してでも護る。それがランフォード族だというのか。 けれどアーチェは違う。 何時だって本当に道は合っているのかと模索していた。 護る存在をも疑いもしていた。ランフォード族にとしてはそれは必要ないのかもしれない。 けれど迷ってくれていなければ今の自分はいない。 「そんな化物……どうだっていい」 本当にこの人はアーチェの母親なのかと、ユースの中で疑問が生じる。 けれど紛れもなく、彼女の母親なのだ。自分の娘を化物と称すこの人物が―― 「アーチェは化物なんかじゃありません! 能力が……唯偶然に彼女に力があったから…… それが羨ましいのでしょう! それに……それだったら私の方が化物です」 ユースは冷静になろうと湧き上がる怒りの感情を必死に抑えた。 そうでなければ能力は使えない。 自分の能力は"創造"、だったら逃げ出す道を作り出せばいい。空間を移動すればいいのだ。 できれば飛空艇に繋がる空間――だがそれを実際にユースは行ったことなどなかった。力をどれほど使うかなど解らない。 だがやらなければならなかった。 今すぐにでもこの母親がいる場から離れなければならないのだから。 手の平に力を集中させ、蒼い光を放つと黒く四角形の空間を作り出した。 空間は徐々に大きくなっていき二人を包み込んだ。 ユースは不思議だった。いつもの倍以上は使っている能力、けれど苦しくもなく思うように操ることが出来る。 ――時が近づいているのか…… 母親はチッと舌打ちをすると空間に消え行く二人に何発も銃弾を放つ。だがそれはユースの力で宙に止まる。 その部分だけ別空間へ――時間を止めたのだ。兵士達を含め、母親はその光景に唖然としていた。 「アーチェは……渡さない」 ユースは自身の服が血で染まろうが関係なく、アーチェを抱きしめた。 気を失い、眠る彼女の息は段々と弱くなってきている。時間がない、今はそれだけだ。 そして弾けた音とともに空間は二人とと共に消えた。 残ったのは壁にと床に飛び散ったアーチェの血と時間を止められていた銃弾が落ち、残るだけだった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― |