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第3章 37話 封印の再現〜見向く夜へ〜 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「速く動けよっ……!」 ヴァンは自動操作を最速にした。 何度も何度も操縦部を叩いたがそう簡単に速度が上がることはない。 彼もそれくらいは理解していたが気持ちばかりが焦って今の状況が歯痒かった。 「やめろってー……そんな気張ったって結局は同じだから」 「お前は心配じゃないのかよっ!」 もっともな事をカナタに言われヴァンはどうしようもなく八つ当たりをした。 カナタの表情が歪む。非難するかのような目でヴァンを見ていた。 彼だって心配しているに決まっているのだ。 「ねぇ……フォール、二人とも大丈夫だったの?」 重々しい空気を破るかのようにレウィーが口を開いた。 彼女は傍らでその様子を見ていた。隣には人型となったフォールがいる。 この少年が飛空艇にいたことに一同は驚いたが、額の紅石でフォールだとわかったのだ。 三日前ほどから龍はアクティの城の周りを警戒させていた。 彼の話に寄ればユースとアーチェは城の牢で監禁されていたらしい。 それだけでも驚くことだったが、二人は現在逃げようとしている。 「僕が見た時は兵の人達はいなかったけれど……アーチェさん能力使ってました」 「アーチェが!? やばいな……まだ治りきってないはずだ」 カナタが急に声を荒げた。髪をかきあげまごついている。 「なんで? 使えるようになったなら良いじゃない」 「たとえ使えたとしても前とは違うんだよ。急に沢山の力を使えば身体が耐えきれない場合がある。 ……ユースちゃんみたいに寝てれば治るのはまだ初期段階だ。 アーチェの場合、まだ治り切っていない。身体が能力を拒否したら……」 カナタは出ていこうとする 「おいっ、どうする気だよ!」 「最悪の場合――」 カナタが言葉を発した瞬間だった。空間が歪みそこから蒼い光がポッと灯った。 そして一気に大きくなり、目を眩ますほどの光を放つと同時に人物の影が現れた。 ヴァンは最初その人物がジルハだと思った。 以前彼に会ったとき、魔術で移動していた。けれどその思惑は外れた。 影は二つあったのだ。蹲ってはいるがそれは次第にはっきりとしていった――ユース、そしてアーチェだ。 二人の姿を見るなりレウィーは悲鳴を上げた。血溜りの中でアーチェがぐったりとしていたからだ。 ユースはがくがくと震えながらも、強く彼女を抱きしめていた。飛空艇の床は一気に赤色が広がっていった。 その光景にレウィーは悲鳴を上げ、ヴァンとカナタは呆然と立っていた。 「カ……カナタっ!」 「解ってる!」 ヴァンの叫びの前にカナタはユースからアーチェを引き離し、抱き上げた。 彼はアーチェの心臓部に耳をあて鼓動を聞いた。 そして傷口を確認しする。急所はそれていても時間の問題だった。 そして吐血――既に拒否反応がでていたのだ。カナタは急いで別室へ連れて行こうとした。 だがユースが彼の服裾を引っ張った。 「アーチェを……アーチェをっ!」 顔色は真っ青で、体中が震えていた。その震えは服から伝わってくる。 いきなりの事だったのだろう。混乱状態の彼女にカナタは優しく声をかけた。 「大丈夫だユースちゃん、ちゃんと治療する。だから俺に任せて」 ユースの手から力が抜ける。同時に彼は部屋を飛び出していった。 呆然としていたレウィーとフォールはその後を追っていった。 ゆっくりとヴァンはユースに近づき、自身のジャケットを被せた。 寒さで震えているわけではないがその姿を見ているのが辛かったからの行動だ。 未だに彼女の震えは止まらない。 「ユース、お前も能力使ったんだろ? その……身体平気か?」 かける言葉が見つからない。彼は内心戸惑いながらも冷静さを保たせた。 「私は大丈夫です……けれどまた何も出来ませんでした。……すみませんこんな事言って……」 「いいって。弱音吐きたいときは言っていいから」 彼の言葉を訊きユースは何か決心したかのように両手に力を込めた。 「私……二年前まで城に隔離されてたんです。 ……エルエン族は不吉な一族と呼ばれていたからでしょうね。 ずっと城で何も出来ないままでいるのが嫌で仕方がなかった…… それを解ってくれたのがアーチェでした。そして二人で二年前に城から逃げ出したんです……」 彼女の口から言葉が堰を切って溢れ出した。 「それで……今回の事は?」 「私達は王にとっては異質な力を持つ……邪魔な存在でした。 特に王はエルエン族を嫌っています。だから逃げ出した事を罪として私を処刑しようとしました。 ……ランフォード族であるアーチェは主を替えれば許すつもりだったのでしょう。 彼女の一族は王族にとっては必要なものですから……けれどまた……私は逃げ出したんです」 「今死んだら何も意味ないと思ったからだろ?」 小さくだが彼女は頷いた。 「私……何もまだ出来ていません……だから死ぬわけにはいかなかったんです」 成し遂げること――彼女にとってそれは使命だ。 だったら自分はどうなのだろうか、とヴァンは考えた。 自分には使命というものはない。彼女を護りたいと思う気持ちはあるがそれは義務ではない。 だがそれを義務と思えばまた自分で自分を縛り付けることになる。それだけは避けたかった。 仇をと両親の意思も知らず、自分で勝手に思い込み探してきていたがそれが何時しか自分を縛り付けていた。 あのころの自分はもういない。自由に生きるのが自分らしく思ったからだ。 だが彼女は縛り付けられているのだろう。 「けれど城の中で……アーチェの母親に久しぶりに会ったんです。 ……王の命令だからと言い、母親はアーチェを撃ったんです。それがランフォードだと……」 アーチェに銃を向けたのが彼女の母親だということにヴァンは愕然とした。 覚えているかぎりの自分の母親の姿とは正反対だった。 また自分やユース達とは違い、まだ家族がいるアーチェに羨ましさをどこかで感じていた部分もあり今回の事は複雑極まりない。 「……使命ってそんなものじゃないと思っていました。 でも今回のことをよく考えれば……私も使命のため人を殺している…… 封印石を何年も放任していたせいで犠牲者は増え人吸樹も増える ……私もあの母親と同じ――」 ユースは自身の手を爪が食い込み血がでるほどに握りしめた。けれど涙は流さない。ど んなに身体も声も震えていようと泣かないのだ。初めて彼女の涙を見た日よりも強がって いるに違いないのに。泣いたら意志が崩れてしまうことを畏れているのか―― そこまでの使命の重みがヴァンには解らなかった。 「もうそれ以上考えんなっ……アーチェも大丈夫だから」 本当は泣いて欲しかったのかもしれない。そうでないと自分は慰めることすらできな い。肯定も否定もできない――事実でもあるのだから。 ヴァンは触れようとした手躊躇い、握った。 *…*…*…*…* 風花の月も今日で終わる。三時間あまりで新しい年になる。 だが新年の祭りを祝えるほどの余裕はなかった。 昨夜の出来事から現在はアクティの中心部から離れエルエンの村であったキャンターに飛空艇は停泊している。 それはユースのもともとの意志であった。とはいえ、近寄れば人吸樹の力を受けるため数百メートルほど離れてはいるが。 レウィーは水を桶にいれ、中に氷を浮かべた。 カナタに持ってきてほしいと頼まれたからだ。彼はアーチェに付き切りで看病していた。 そのおかげか、大分落ち着いたようだが熱は中々退かないようだ。 彼女は小さく溜息をつくと水桶を持ち二人がいる部屋へと向かうため扉を開けた。 「レウィー……」 そう発した人物が目の前にいることにレウィーは驚いた。 昨日の今日でユースが動けるとは思ってもいなかったからだ。 意外な人物はいつもと違い、真っ白なワンピースに身を包んでいた。 「起きてて平気?」 レウィーは彼女にそう尋ねた。昨日からずっと眠っていたはずだったがまだ顔色が良いとはいえない。 白い肌が服と溶け込むかのようだった。彼女は直ぐにいつものように「大丈夫」と言った。 「……私も手伝います」 何か責任でも感じているのだろうかとレウィーは思った。 結局のところ、どうしてこのような事になったかは訊いていないので推測でしかないが。 沈黙はしばらく続き、聞こえるのはふたつの足音だけだった。 「何も……訊かないんですね……」 不意にユースが口を開いた。 「訊いていいんだったら訊くわ。でも言わないでしょ。だから話したくなったら言ってくれればいいわ」 もしかしたらヴァンには話していたかもしれない。けれどそれを訊くのは失礼な気がした。 レウィーは自分から話してくれるのを待つ自分でありたかった。 「ねぇ、レウィーは私の事怖くありませんか?」 「……どうして?」 どうしてそんなことを訊くのか彼女は不思議で堪らなかった。 「封印石だって私の一族が護ってきたもの。それに今回のことも……怖くありませんか?」 目的地である部屋の前に来たこともあったが二人は立ち止まった。 レウィーは徐に下を向きぐっと息をのんだ。そしてくるっとユースのほうに振り返った。 「……怖くないって言ったら嘘になる。……でもわたしも意味あってここに来たのよ」 彼女は微笑み、扉を軽く二回叩いた。すると内から了解の声が飛んできた。 あまり音を発てないようにゆっくりと扉を開けた。 そこにはベッドで眠るアーチェと傍で椅子に座り、ぶ厚い本を読むカナタの姿だった。 医学書だろうか、彼は珍しく黒縁の簡素な眼鏡をかけ真剣な眼差しだ。 アーチェの肩には綺麗に包帯が巻かれており、傷口は処置してある。 だが白い包帯が薄赤に染まっているのも事実だ。飛空艇にあるものだけでは完璧な処置は出来ない。 苦しそうな表情がユースを撃つ。 「はい、氷持ってきたよ?」 カナタは読んでいた本を閉じて立ち上がり椅子の上に置いた。 そしてレウィーから水桶を受け取った。 「カナタさん……アーチェ大丈夫ですか?」 「まだ熱はあるけど落ち着いてる。平気なはずだよー……まだ安心はできないだろうけどね」 「そうですか……」 顔色も戻ってきている。生きている。それだけでも嬉しいのに、自分が決めたこれからの事を考えると怖い。 その思いが彼女を裏切ると解ってはいるのに―― 「……そんな顔してたらアーチェだって辛いさ」 カナタは苦い顔をしているユースに言った。 「今回のことは全て私の責任なんです。アーチェを辛い目にあわせてしまった……」 ゆっくり目を閉じ彼女はもう一度決意を改める。 「レウィー……カナタさん。今まで本当に有難うございました。 ……アーチェのこと宜しくお願いします」 「何を――」 レウィーの困惑の意を持った言葉は遮られた。既に蒼い光が彼らを包み込み、意識を奪っていたからだ。 床に二人は崩れ落ちた。カナタが持っていた水桶も宙に放たれ、床に水を撒き散らした。 だがユースはそれに気にすることなくアーチェのベッドへ近づき、彼女を見下ろした。 「アーチェ……今まですみませんでした。そして……ごめんなさい」 溢れそうになる涙を堪え、そっと彼女の肩の傷に手を当てた。蒼い光が肩を包み込んだ。 光はアーチェの内で燻っていた熱と傷を奪った。彼女の顔から苦しみが消えた。能力で怪我を治す――やはりできるのだ。 ユースは安堵したが同時に遣り切れない思いでいっぱいだった。 「次に会うときに……約束を果たして下さいね」 聞こえているだろうか。いや、解らない。だが彼女にとって哀しい結果になろうともそれが自分の望みだった。 ユースは部屋を出ていく際、三人に向け深く礼をした。感謝と謝罪の意を込めて。 扉を開け、ユースはもう一人の部屋へ行こうとしていた。 だが目の前に立っている小さな少年に気を取られた。 「行かれるのですか?」 紅の玉をもつ少年は何もかも見透かしているかのようだった。 琥珀色の瞳が厳しい目つきをしている。普段の龍の姿からは考えられないほどだった。 「あなたも自身の主のもとへ行かれれば宜しいでしょう? たとえそれがあなたの主の命令だとしても……傍を離れたくなどないはずです」 フォールは一瞬黙り込んだが直ぐに声を発した。 「僕だって出来ることならジルハ様の側に居たい。 けれど僕は貴方に告げなければならないことを夢巫女様から承っています」 「……何をですか?」 フォールは告げた。夢巫女の声が重なっているかのように聞こえるのは何故だろう。 「"汝の未来は一つ、だが交叉しあう未来の先は決まってはいない。どうか道を違えぬよう"と」 ユースはその言葉の意をすぐに理解した。否、裡の自分が悟っている。 「……たとえ最後は同じでも過程は変わる、……最終的には同じことです。 私の願いなど叶いませんよ。だから今行くんです」 先ほどと同様にユースは能力を使った。 フォールは成体の姿から解き放たれ、龍の姿に戻りその場に墜ちた。 彼女は龍の額をそっと撫でた。 「フォール、おやすみなさい。 ……機会があれば今度はあなたの大好きな主とともに会えるといいですね……」 ユースはその場から離れ、今度こそ少年の部屋へ行こうとした。 だがもう時間はなかった。最後に会って挨拶をしておきたかった。けれどそれも無理なのだ。 もし会ってしまえば弱い自分に戻ってしまうかもしれない。 自分の裡で力が増していくのがわかる。声が段々と大きくなってきているのも―― 彼女は早足で飛空艇の脱出口へ向かった。 空間移動してしまえば楽だろうが、今は思い出に浸っていたかった。 出口では機械音が鳴り、外への道が開いた。 夜も深かったが空に散りばめられた星のせいだろうか、いつもより明るい。 数メートルと歩いて振り返りまじまじと飛空艇を見つめた。 自分にとっては帰る家のようなもの。思い出が詰まったもの。大切な人達。失くしたくはなかった。 「行くのかよ」 急に発せられた声はユースの後ろから聞こえた。振り向くとそこには彼がいた。 目の前に広がるのはキャンターの樹海ではなかったのか。 驚きのあまり彼女は後ずさった。どうして此処に彼がいるのだろうか。 会いたかった、会いたくなかった。どちらだろう。 「ヴァン……さん」 ユースは風にかき消されそうなほどの小さな声で彼の名前を呼んだ。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― |