第3章 38話 封印の再現〜否定と終幕〜
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 冷たい風が肌を刺す。ユースの髪を弄ぶかのように揺らし続けていた。 暗い闇の中ヴァンは手の平から炎の球を作り出した。露になった彼女の姿をじっと見た。 もう次の日に周るような時間帯に出かける様子、肩から開いた純白の服、それらがおかしく感じられた。
「……一人でどこ行く気だ?」
 彼はいつものように飛空艇の甲板で寝そべっていた。 だが何か嫌な予感がし、下に降りていたがどうやらそれが当たっていたようだった。
「あと数時間で年が新しくなる……それはお前――いや、封印石と関係しているのか?」
「何言ってるんですか? 私は唯外の空気を吸いに……」
「皆を眠らせて……か?」
 その言葉にユースの表情が強張った。
「図星かよ……」
 まさかと、彼は思っていたことが当たってしまい苦笑した。以前彼女と甲板で会話した際に、いつの間にか自分は眠っていたことがあり、そこから思いついた言葉だった。
「俺さ……こないだある文献見つけたんだ。カナタが紅月の情報筋から貰ってきた古い本…… その本が正しければその未完成の石に封印されていたのは……世界を壊した者だ」
 ユースの身体が一瞬震えた。ヴァンは重たい口をまた開いた。
「お前にピアス渡した日に、俺はジルハに会った。あいつもいろいろと探っていた。そして俺も気になることがある。お前とアーチェが城にいる間、俺はずっとその本を解読していた。人界歴で云う千年前の歴史は綺麗さっぱり何も書かれていない。……消えてるんだってさ。率直に訊く、お前は……破壊神なのか?」
「何の……話をしているんですか?」
 ユースが笑いながらその言葉を交わした。確かにいつものように微笑んでいるかのように笑っている。その笑みにヴァンは嫌気がさした。どうして今まで気付かなかったのか、彼女の目は正直で瞳は笑っていない。
「……お前はきっぱりと否定しないんだな」
 ユースの顔から力が抜けた。無理やり作っていた表情が今は真顔といっていいほど厳しい。下を向き、ぎゅっと唇を結ぶと彼女はゆっくりと口を開いた。
「ヴァンさんは……私の能力は何だと思いますか?」
「何だよ……急に」
 話をはぐらかされたように感じたヴァンは憤りを隠しきれなかった。だがあまりにも冷たい声で話す彼女は、自分知っている彼女ではないように思え怯んだ。
「"創造"、今までそう言ってました。けれど違ったんです。私の能力は……」
「何言って――」
 ユースは自身の首元のベルトを外した。露になった荊の痣、彼女が隠し続けていた呪の印。荊は彼女の首を締め付けるかのようにある。だが前よりも色が薄れており、肌と同化しているといってもいいほどだ。
「呪は消えつつあります……だからでしょうか? 私の本当の力が表れ始めている……それは創造ではなく"否定"の力なのだと――」
「……どういうことだ?」
「今現在あったことを否定する……時が動くことを否定すれば時は止まり、今あったことを否定すれば記憶から消え去る……身に覚えがありませんか? ヴァンさんの能力も本当はないはずのものを私が否定したものですよ」
 彼女の称した“否定”の力は確かに筋が通っていた。その力があってからこそ自分は能力を得たのだ。
 ユースは手の平に光を集め、鋭利なナイフを創りだした。その光景にヴァンは悪寒を感じた。
「おいっ、ま――」
 彼が言い終らないうちに、彼女は手首を勢いよく傷つけた。鮮血が吹きあがり瞬く間に服を紅く染めていった。白い服が鮮やかな色と成す。だがユースは痛みを感じていないかのようにじっとヴァンを見つめていた。
「なにやってんだよっ!」
 ヴァンは急いで自身の服裾を破ろうとした。だが目の前が眩むほどの蒼い光が覆いつくすと同時に彼は唖然とした。鮮やかな色はその場から失せ、彼女の手首の傷はもうない。流れていた血ですら、全て――
 彼の中では何故やありえないなど否定の言葉がいくつもでたが声にすることはできない。
「私が今起きた現象を否定したからです。以前は怪我を治すことはできませんでしたが……この力は強い。呪が消えれば私は完全にこの能力をコントロールできなくなる。年が明ければ……呪は完全になくなるでしょうね。……段々と力が増していくのが解るんです。そうしたら私の力はきっと……皆を傷つけてしまう」
 年が明ける――もう数時間で彼女の呪が解ける。だが暴走するかなんて解りはしない。起因となる理由が彼には見当がつかなかった。 だがそれをおびえている様子から彼女の言葉は真実なのだろう。それはあまりにも恐ろしかった。
「だから行くのか……? お前は怖くないのかよ……」
「怖いですよ!」
 ユースの声が荒がりヴァンは怯んだ。
「怖いに……決まってるじゃないですか! けれどもっと恐ろしいのは私なんかと関わってしまった事によって不幸になることです!  ……だから眠らせた……事が終わるまで私の側にいないように」
「矛盾してるだろ! 関わりを畏れてたなら何で俺にあの時能力を創ったんだよ! 無理にでも俺から記憶消せば良かったんじゃないのか? 記憶を消すより眠らせる方が残酷だ。……自分が存在していた記憶さえ消してしまえば関わりなんかなくなるんだ!」
 ヴァン自身、放った言葉はあまりにも残酷だと解っていた。だがどうしても我慢が出来なかったのだ。一人で幕をひこうとしている彼女はまだ何かを隠しているのだろう。彼女にとって護る行為なのかもしれないが、石に関わってしまった自分らにとっては何も説明なく眠らされることは阻害された気分だ。
「……そうですよ! 矛盾してます。それは自分でも解っています!」
 ユースの声ではないと思うほど荒々しい。声を張り上げ必死で壁を壊さないようにしていた。瞳から溜まった涙が溢れ出ると必死で拭っていたがそれは止まることを知らない。それを見ているヴァン自身泣きたかった。
「記憶を消せば何の問題もなく関わりを消せる! ……けれど忘れられたくないんです……私だって……誰かの中に残っていたいから――私はずるいんです」
 ヴァンは彼女の腕を引き、身体を引き寄せた。うちで泣く彼女が、今この場に居る彼女こそが本当の姿なのかもしれないとヴァンは感じた。 初めて本音を訊いた気がしたのだ。それを今まで理解できなかった自分が悲しい。そんな彼女を忘れたくなどなかった。だが、今ここで、引き留めなければ彼女はほんとうに何処かに消えてしまいそうで怖かった。
「なぁ……俺、何も解っていなかったのか? ……ユース」
 泣くのを必死に止めたユースはヴァンに抱きしめられたまま口を開いた。先ほどとは違ういつものような穏やかな声で。
「本当のこと言います……。前に、エルエン族は魔族によって滅ぼされたと云いました。……本当は違います。エルエン族は……私の能力によって滅んだんです」
「まさか……」
 あまりのことにヴァンは驚愕すると同時に、ユースは彼を引き離した。
「私があの日、封印石に触れた時に私の力は増幅しそして一族を巻き込み爆発した……私の力が暴走してしまったんです。 呪はその時爆発に巻き込まれた魔族によってかけられたもの……私と能力の繋ぎを薄める役割のものです」
 首元の呪の荊は彼女の罪の証そのものだったのだろう。ヴァンは何もいえなくなってしまった。彼女が隠していたことは大きく、そして全てが繋がった。何故あそこまで呪が解けるのを怖がっていたのかも――全ては過去の惨劇のせいだ。
「私は今まで嘘をついていたんですよ。自分を……自分を護りたいが故に!  先程、ヴァンさんは破壊神と仰いましたね……合っていますよ。私の中にもう一人の私がいます…… ジルハのように別の人格を持っているわけではなく、別の者が私の中にいる……それが貴方の云うところの破壊神でしょうね」
「なんで……お前の中に居るんだ……?」
「……十年前の爆発によって私も瀕死の重症を負っていました。けれど私は生きたいが故に……生き延びるために呼び寄せてしまった……石に封印されていた力を」
「それが……破壊神だったって言うのかよ」
 "破壊神"と呼ばれる"者"が彼女の中にいる。それはジルハとともに予想していた事だったが半信半疑で信じていたわけではなかった。 だがそれは現実のことであり自分らには解決できることの出来無いことだ。
「そういうことになりますね……呪が解け、能力が全て戻れば私は消えるでしょう……それを止めるためにも……私はまだ生き……たいから……行、くんです」
「止めるって……どうやって!」
 スケールの大きさにか、それとも全てにか彼は絶望した。生きたいといった彼女が今から消えるのなど見たくはない。そして止められる術など知らなかった。
「……私の力……否定の能力を使って封印石を集めその石の存在を消す。私はもう皆を巻き込みたくない……だから――」
「やめ――」
 ヴァンが言い終わらないうちに蒼の光は彼を包み込み意識を奪う。言葉が続かない。 それに耐えようとヴァンは必死だったが糸が切れたかのように、倒れこもうとしていた。 意識を失った彼をユースはよろつきながらも抱きとめた。
「……護られているだけの私はもういないんです。暴走したら止められなくなる……私も貴方や皆を護りたいから――」
 頬を滴が伝う。涙腺が弱くなっているのだろうか、また泣いている自分がいるのにユースは気がついた。
 何故、何が悲しいのか彼女自身よく解らなかった。先ほども何故泣いたのだろうか、ただ溢れてくる涙が彼の肩を濡らす。
 十年前から今日という日までの契約だった。解っていても、覚悟を決めていてさえも、哀しいものだった。 嘘をつき続け、何も言えずに終わるのだろうと悟っていたのだから。
 前に抱きしめられたときも泣いてしまう自分がいた。無力さに、弱さに。契約の日から泣かないと彼女は心に決めていた。泣いたら自分の責任で禍を負ってしまった人に失礼な気がしたからだ。
 けれど彼は泣いていいと彼女に言った。初めて背負ってきた事から解放されたように、罪を赦されたようにユースは泣いたのだ。
「有難う……もう充分です」
 ユースはゆっくりとヴァンを横にさせた。
 琥珀色の瞳をもう見ることがないと考えると彼女は悲しくてたまらなかった。
 彼の髪をそっとかきわけると青いピアスが光った。それは少し前に交換したものだ。ユースは小さく笑い、自分の耳元のピアスを触った。渡そうとしてきた彼の照れ方があまりにも愛しかった。
 思い出すと止まらなく、今までの旅路が溢れだしていった。ひょんな出会いから始まり彼は一緒にきてくれた。紅いタトゥーに亜麻色の跳ねた髪は盗賊にしては派手だったが、自由のように見え憧れた。自分のように使命にも何にも縛られる事なく生きているのだから。
 けれど彼は"自分"に縛りつけられていた。自分を探し、記憶を求めていたのだ。それを話てくれた事が嬉しくてたまらなかった。
(ずっと……ずっと覚えていよう)
 彼の耳元のピアスに触れ、ユースはもう一度能力を発動した。蒼い光が立ち込め光の球となるとピアスの中へ消えるように入っていった。
 彼女は賭をした。彼の心に――
 涙を拭い、閉じた彼の右瞼にキスをした。
「さようなら」
 そう言葉を残して彼女はゆっくりと立ち上がり、暗い闇と化した樹海の中へと去っていった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――