第3章 39話 封印の再現〜光は消え、闇が戻る〜
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 そこは何ともいえない空気でよどんでいた。澄んでいるとはいえない。 地界にしか咲かない、闇夜の花の匂いが充満していおり、鼻を刺す。 花は自分らの居場所だと言い張るかのように暗闇の中はっきりと輝くように咲いていた。 だがジルハはそれらに目を奪われることはなく、その向こうへと進んでいった。
 こつん、と足が壁にぶつかった。まだ先はあるはずなのにそこは透明な膜ともいえる壁がある。 それらは花が作り出しているらしいが彼はその構造に興味をもつことはない。利用できるなら利用するまでのことなのだ。 その壁は人界と地界を隔てる境界線の役割であり、夜のみこの花が作り出す。
 指先から手の平へと、ゆっくりとした動作で壁に手をあてた。小さな波紋が広がり重なっていく。だがその境界は拒むかのようにびくともしない。
 魔力をこめると壁に小さな穴が空き、徐々に波紋の軌跡をたどるかのように広がっていく。 その穴を潜り抜ければ人界にならこれを使えばどこにでもいけるのだ。以前自分やあの魔族達が使ったように魔力をそれなりにもっていれば動作ないことである。
 だが目的地への道は二重に結界が張られており、それを通り抜けるのにはかなりの魔力を必要とする。 御子に比べれば弱い力かもしれないが普通に人界へと赴く力はある。だが結界があるとなると別だった。
 彼は手の先に力を纏わせ集中させようとした矢先だった。
「……行くの?」
 不意にかけられた言葉に彼は一瞬びくっと身を震わせた。その結果壁の穴は消えまた一からやり直しだ。 声の主の方向へと振り向くと魔族の少女――否、自分より遥かに年上のアルスがいた。 地界と人界では時間の流れが違うのは解るのだが、目の前の人物は自分と同じ年齢程にしかみえない。
 ジルハは何も答える気は無かった。だがそのままにしておくことも出来ず、重たい口を開いた。
「御子にはあれを渡した。……もう俺に用はないだろ」
 あれ――紅い封印石、御子はそれを受け取るや直に彼の義姉の部屋へと籠もったままだった。 今はたぶん義姉と会っているのだろう。
「そうかもしれないけどー、まだ君の願いが叶ってないじゃない」
「……魔族の血を封印するのは後回しだ。まだ出来ることがある……それからだ」
 もしあの時、自分が地界に連れてこられていなかったら――今の自分はいない。 こうやって地界にいることが出来るのも、道を開くこともあの頃の自分にはできないのだ。 何も知らない無知な自分には人界での出来事は大きすぎた。疑う事しか出来ずにいた。
 けれど今は違う。自分が知った真実をあいつに伝えてやることぐらいは出来る。
 ――あんまり好ましくない奴だが、必死なら助けてやってもいい。
「それは誰のためにするの?」
「……自分自身のためじゃない。唯、壊したくないだけなんだ」
「もう手遅れかもしれないよ?」
 手遅れ――そうなのかもしれない。地界に戻ってきて大分経つ。 人界ではどれくら日が経ったのかはわからない。けれど新しい年が来る前にいかなければならない。
「手遅れなんて行ってみないとわからない、可能性があるなら俺は行く」
 自身の中で眠ったはずの彼もそう告げている。早く行け、と――
「ふ〜ん、そういうところはヴァンくんより好きかもね」
 出し抜けの言葉にジルハは恥ずかしくなった。
「……アルスっ」
「あれ、何ー? 照れ隠し? ふふーん、初だね〜」
 ジルハの頬が紅潮したのを見てアルスはにんまりと笑った。
「なっ……こんな時にっ!」
「こんな時だからだよ。少しは気がほぐれたかな」
 ジルハはその言葉を聞くとアルスを少し見直した。 正直なところいつも笑っていてなにも考えていないように見えたからだ。 けれど相手は自分に気を使っているのだ。たとえそれが魔族でも――
「ジルちゃん」
「……やりすぎだ」
 彼は思いすぎたかもしれないと反省した。ただ単にからかいたかったのだろうかと疑ってしまうのも仕方がない。
「とにかーく! 人界に行くんでしょ? ジルだけじゃエルエンの地にはいけない、だから手伝ってあげる」
 何もかも見通されていたようでジルハは少しむくれた。目的地――キャンターには結界が張られている。 それを一人で突破するのは今の彼には無理な話だった。
「無理矢理地界に連れてきちゃったでしょ、せめてものつぐないに!」
「……好きにしろ」
「えぇ、好きにするわよ。……出来ることはやらないとね」
「……義眼か?」
 二人で結界に力をこめながらジルハは唐突に聞いた。その言葉にアルスの表情が一瞬固まった。
「……なんで?」
「見えてるようだけど人工的に作られたもの……じゃないのか? 右目が帯ている魔力は小さいけど御子の力だ」
「やっぱりレイ様の一族か……私はねー、リート姉みたいな魔力持ってないの。……ほっといたら直ぐにでも屍と化す。 それを助けてくれたのは御子様なの。その変わりに動けない御子様に代わって動くの」
 片方の手で右の瞼にそっと彼女は触れた。 御子の代わりに動く、そのためだけに今生きているのだと彼女の言葉は物語っていた。
「それだけのためにお前を生かしているわけではないだろう。御子も……寂しかっただろうから」
「そうだといいな。さぁ、道は開いた。迷わないで行って来なね、ジルちゃん」
「……やめろ」
 少しでも心配した自分が馬鹿なのかと思いもしたがそれが彼女のやり方なのだろう。
 開いた結界の先へ、暗い道のりへと彼は踏み込んで行った。間に合うことを祈りながら。
*…*…*…*…*

「ヴァン……ヴァンっ!」
 遠い意識を探り彼は目を開いた。そして肩を揺する人物の顔が真っ先に目に入った。 前髪は汗で濡れ、額に張り付いていた。肩で息をしているのか息が荒い。アーチェはじっとヴァンを見ていた。 その様子を傍でレウィーとカナタ、そして龍が見ていた。皆不安な表情をしているのがはっきりしていない意識でも彼は解った。
「俺っ――」
 ばっと起き上がると彼は頭をおさえた。記憶はしっかり残っており、眠っていただけ――のようだった。 だがその状況にユースを止められなかった自分を不甲斐無く感じ、また記憶を残した彼女を腹立たしい。
「あの人は……どこ? ねえ……知ってるでしょう?」
 アーチェの声がヴァンを追い立てるかのように響く。その声に答えることは出来なかった。 無言のまま顔を背けていると彼女はヴァンの胸倉を掴んだ。段々と険しくなる彼女の顔をヴァンは見られずにいた。
「アーチェ止めろ、まだ傷が――」
 アーチェを止めようとカナタが割り込んだ。彼女の肩を彼は掴もうとしたが怪我を思い出し寸前でやめた。
 彼女のはだけた包帯から見えるはずの弾痕が無いことにカナタは気がついたのだ。 包帯など意味を成していない。傷自体が綺麗になくなっているのだ。 だが彼女の表情を見ればまだ痛みと欠乏症の症状が残っているのか、苦しそうだった。 その不思議な現象に彼は後ずさることしか出来ない。一人でいなくなったあの少女が関係しているとしか考えられなかった。
 ヴァンはぐっと息を飲み、押し黙っていた。アーチェと目を合わせることが出来ない。
止められなかったことが後ろめたいからだろうか、彼はふいと横を向いた。
「答えろっ!!」
 荒々しい声がその場に響き渡る。
「アーチェ……」
 彼女をなだめようとレウィーがそっと声をかける。だが彼女は聞こえていないようだ。 目の前の人物の答えを聞くまでずっと――
「ユースは……一人で行った……」
 小さく呟くようにヴァンは言った。その言葉にアーチェは唖然とした。
「嘘……でしょう? あんたは……止めなかったの? 何故……止めないの!」
「止めたさっ! ……それに止められなかったのはお前も同じだろっ!」
 その言葉にアーチェはかっとなり手の平がヴァンの左頬に飛んだ。弾けた音とともに痛みが彼を襲う。 図星をつかれた彼女は涙ぐんでいた。
 しばらくの沈黙の後、大地が一瞬揺れた。地下で何かがもがいているかのように。 その揺れでバランスを崩し、全員竦んでしまった。アーチェはヴァンから手を放しその場に倒れてしまった。
 そして視界全体を蒼い光が覆ったかと思えば、遠くの地――ちょうど樹海の中心から大きな光の柱が数本たった。
「ユースが……――」
 ヴァンはその光景に圧倒されてしまった。光を纏った小さな欠片が樹海の中心に向かっている。 全て封印石なのだろうか、それは流星が落ちているように見えた。光の柱はそれらを吸収していった。
 彼女が封印石が集まらないことを否定しているのだろうか、そうなれば――
「ユース様が……?」
 アーチェは徐に呟いて呆然としていたが、直さま、自身の手の平に力を集中した。 だが欠乏症が再発しているのか、光のぶれが激しい。だが何個もの光の帯を創りだし、それらはヴァンの中へと入っていく。
「や……やめろっ!」
 ヴァンは光をはらおうと叫んだ。だが容赦なく光は彼の中に入り込み、すり抜けていく。 そのたびに、ヴァンは先ほどのユースとの会話を覗き見されているような、変な不快感に襲われた。 記憶をとられる感触が気持ち悪い。気絶しそうなほどに頭をかき回されている。
 彼をすり抜けた光の帯はアーチェの元へ戻ると彼女の中へ消えていった。 そして彼女はヴァンの記憶を盗み見、一気に理解した。 一瞬自失し、すぐさま我にかえると彼女は唇を噛み締め踵を返し樹海のほうへと走っていった。
「アーチェっ!」
 カナタが叫ぼうと彼女は走り、見えなくなっていった。 小さく舌打ちをすると彼はヴァンに大丈夫か、と声をかけた。いつもより荒くれた声で。 ヴァンは頭をおさえながらも空返事をするとゆっくり立ち上がった。まだ気持ち悪さは残っていたが足取りはしっかりしていた。
「本当に悪いんだけど……二人は飛空艇にいてくれ」
「……ヴァンはどうするの?」
「連れ戻してくる。こんなんで終わらせてたまるかよ」
 いつが最後だかは解らない。けれど中途半端な終わり方だけは避けたかった。
「何があったかは帰ってきたらちゃんと話すよ。悪い、俺も上手く説明出来ねー……まだ頭ん中ぐちゃぐちゃでさ……」
「戻ってきたときに二人も含めてしっかり話してもらう。……ヴァン、そのー……あいつ頼むな」
 カナタが飛空艇に留まった理由が今更わかった自分はやはり鈍感なのだろうかと思ってしまう。 だがそうも言ってられない。今から向かう場所で何が起こるかはわからない。 余計な詮索は後に勝手にさせてもらおう、とヴァンはその言葉に応答した。
「ああ、わかった」
 手の平をぐっと握り、彼もまた暗い樹海の中へと走っていった。

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