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第3章 40話 封印の再現〜エルエンの器〜 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 何かが弾けた音と共に夢巫女は目覚めた。 天界の輪廻を見守り続けた少女――昔の夢が記憶として蘇る。 輪廻は狂い始めエルエンの地に樹が増えるたび、輪廻は小さくなる。 魔族が屍化しているせいもあるのだろう。全ては呪のせいである。 「運命は変わらぬ……か」 結局自分の視た未来と一致してしまったことに彼女は嘆いた。 "汝の未来は一つ、だが交叉しあう未来の先は決まってはいない。どうか道を違えぬよう" そう助言を龍の子に託してもらったのも無駄になってしまった。 あの少女は自身の決めた道を進んだのだろう――たとえ間違っていると知りながらも。 彼女は軽快な足取りで舞い始めた。白い髪が舞とともに閃く。久遠に響く鈴の音が神楽歌に重なり輪廻が周る。 だが彼女の胸の裡は乱されており途中で足を止めた。集中することが出来ないのだ。 「エルエン……」 昔の記憶に住み着く人物の名を小さく呟いた。そして夢巫女は人界へと降りていった。 *…**……*…* 道という道はなく光さえない。だがアーチェは走り続けていた。 蒼の光の柱に徐々に近づいていているような気がしてもいっこうに視界は開けない。 樹木の葉は硝子のような硬さで、彼女の行く手を阻んでいた。 それを走り抜ければ彼女の肌にはいくつもの傷ができる。解っていても彼女は足を止めなかった。 心の裡でヴァンの記憶が駆け巡り、それを頼りにしても急かす気持ちが抑えられなかった。 蒼い柱が消える。それと同時に、やっとのことで彼女は樹海を抜けた。 そこは風化された祭壇を中心にした広い空き地だった。以前、彼女は此処に来たことがあった。 ジルハが連れ去られた場所と同じ――その中心にユースがいた。 アーチェはユースに声をかけようとしたが寸前でやめた。彼女の雰囲気がまるで違うことに気付いたのだ。 彼女の足元には小さな丸い球体――完全な蒼い封印石が転がっていた。 ユースはアーチェの存在に気付くと振り返り、石を見向きもせず、割れもしないがそれを踏みつけた。 使命とあれほど口にしていた彼女の行動とは思えないものでありアーチェは悪寒がした。 「……ユース様?」 「これでやっと目的が達成できる」 冷たい目――今まで見てきた少女とは雰囲気が違った。 蒼の瞳は凍っているかのようで、口調、声も彼女のものとは思えないほどに冷たいものだった。 他人の空似といってもそれは紛れもなくユースそのものであり、見間違えるわけが無い。 だがいつもの首元のベルトがなく、そこに刻まれているはずの呪が無い。 それに気付いていてもアーチェはもう一度彼女の名を呼んだ。 「私はエルエン、"ユース"ではない」 「ユース様ではない……?」 「お前が探している"ユース"は死んだ」 死――言葉が絶望となり混乱させた。 「……嘘だっ――」 拒絶の言葉を訊き、目の前の少女は睫を伏せた。 だがすぐに前を向きアーチェの傍へと駆け寄りゆっくりと手を彼女へと回した。 「この顔も、髪も、瞳も全て"ユース"のもの。……お前が良く知っている人物だろう?」 アーチェの身体が諤々と震えた。同時に「嘘だ」とぶつぶつ呟いている。 「私は嘘はつかない。あいつは私の中で死んだんだよ、アーチェ=ランフォード」 その言葉を聞くや否や、アーチェはユースを突き飛ばし、勢いよく地面へと叩きつけられた。 アーチェ自身、自分の行動に驚きその場で愕然とし座り込む。 ユースは立ち上がると砂埃を叩き、口元のかすり傷の血をぬぐった。 「私はエルエン。……お前も私を拒絶するのか?」 ゆっくりとアーチェは立ち上がった。覚束無い足取りで歩き出した。前を見据彼女の顔見ると言葉を放つ。 「あなたが仰っていた"約束"とはこのことですね……ユース様、あたしは約束を守ることは出来ません」 約束――以前、何度もユースが口にした言葉だ。だがそれにアーチェは思い当たるものがなかった。 だが急に鮮明に蘇ってくるこの記憶は何なのだろうか、あの人は記憶をも封印していたか――。 その言葉にカッとなったのか、ユース――否、エルエン自身から光が発せられる。 同時に光が風圧となりアーチェはその場に倒れこんだ。 起き上がろうとしたが、目の前が暗くなると同時に腹部に衝撃が走る。 倒れた彼女の腹部をエルエンが蹴ったのだ。何に怒ったのか、何度も何度も蹴り、逆らうことすら出来ずうめき声を上げていた。 そして彼女を樹木へと叩き付けた。 怒りが収まったのか、エルエンは少し離れたところでアーチェを見ていた。ユースの眼差しとは思えない冷たいものだ。 アーチェは必死に声を絞り出し言葉を放つ。 「まだ……あたしは護りきれてません。……ユース様、大丈夫です。まだあなたは――」 「お前を殺すのは簡単だ。だがこの少女はそれを望んでいない。それでもお前が私を拒絶するなら……」 「ユー……スさ――」 「言っただろう? 私はユースではない、と。私は願いを叶える使者、破壊を司る護人」 手の平から蒼い光が発せられる。紛れもなくそれはユースの能力だ。 アーチェは両腕に力を入れ起き上がろうと、もがいたが彼女の身体は既に限界だった。 光が蒼い炎へと代わるとエルエンはそれを小さな球体として発した。炎は地に生きる草花を消滅させていく。 それがアーチェへと一瞬で向けられる。だが炎は消えた――赤い炎と共に。 「ヴァン……」 二人の間にヴァンが立つ。間一髪のところで彼は間へと割り込み、剣に纏わせた自身の炎で相殺させたのだ。 その代償に剣の刃は折れ、地へと突き刺さる。そして能力の代償は激しく体力を消耗させていた。 着ていたジャケットの裾が燃え、ぶすぶすと燻っている。 「ユースっ! どういうことだ……何してんだよっ! お前……お前は!」 状況がまったく理解できなかった。何故ユースがアーチェに攻撃しているのか全くつかめない。 蒼い光の柱の方へ我武者羅に走ってきたらこの有様であり、目を疑った。 「ユースではない、私はエルエンだ。……それとも破壊神、とでも称すか」 まるでユースとの会話を全て知っているかのような口だった。 彼女の危惧していた事態なのだろうか――。 「本当に……ユースじゃないのかよっ!」 「うるさい……」 彼女は手をかざすとそこから光が溢れヴァンを襲う。 触れることはできないはずの光が水のようになりそのまま彼を飲み込み樹木へと叩きつけた。 彼は樹の幹をつたい落ちていく。 左腕は凹凸に当たったのか出血を伴った。 同時に、樹木がゆっくりと自分の力を吸い取っていく感じがした。 人吸樹から離れなければいけないと思っていても身体はもう動かない。 「人は嫌いだ。でもまだ使えるか――お前らの持つ能力、返して貰う」 エルエンはアーチェの首元をぐっと掴んだ。既に気絶しているのか、反応が無い。 手の平から蒼い光が漏れ、二人を包み込む。 するとアーチェの中から輝かしい白い光の塊が現れエルエンの中へと入っていった。 手を離しその力を確かめるかのように強く握った。 「次はお前だな……」 体中に力が入らない。骨が折れているのか不自然に曲がった左の足がずきずきと痛む。 迫ってくる彼女の表情には歓喜も悲嘆もなく無表情そのものだ。 髪も、瞳も、全てユースなのに今は知らない人物のようだ。 能力の暴走なのか、それとも彼女が危惧していた別の者が目覚めたのか――。 唯、解ることは生きたいと言い、独りで解決しようとした彼女の望みは叶わなかったことだけだった。 「ふん。何故、といった顔つきだな。教えてやろう、十年前私はこの器である少女と契約した。 死にかけていたこの少女は生きたいがために。 だが魔族が呪をかけたせいで十年間この器に封印されていた……そうお前には言ってあったか?」 ユースとしての記憶をも持つ。だが彼女ではないのだ。 「この少女は己の欲を優先させた結果がこれだ。 この少女の能力は既に私の力そのもの。長い年月をかけ取り込んだのだ。 ……私を消せるわけなどない。 独りこの地で呪が解ける瞬間もう一度この石に封印しようとしたが無駄なこと」 「ユー……ス……」 ヴァンは今自分が声を発しているのかすら解らなかった。 今の彼女に声は届いているのだろうか。 段々と視界が霞み、意識も虚ろになってきてしまった。 彼女はヴァンが手を伸ばせば届く位置にいた。 だが突然、樹木の枝が伸び彼女の行く手を阻む。ヴァンは樹木に絡めとられた。 宙へ浮き身体が締め付けられていく、けれどもその痛みでヴァンは意識をしっかりと取り戻した。 そして何故か、力が逆流してきた。先ほど吸い取られていった力が段々と戻ってきている。 理屈は解らないが樹木は生きている――まるで人間のようだった。 封印石に関わった者の末路、姿は変わっても樹木は意思を持っているかのように。 「小賢しいっ!」 エルエンは腕を一振りすると枝は一気に粒子となり消滅していった。 ヴァンを絡めとっていた枝ですら消滅しヴァンは地へと戻された。 同時に蒼い光が彼の周りを囲む。それに一番驚いたのはヴァンではなくエルエンだった。 分が悪そうな表情を一瞬見せると彼女は小さく舌打ちをしもう一度腕を一振りした。 周りの空間が歪み黒い亀裂ができると彼女はそこへ入って消えていった。 魔族の使う魔術に似てはいてもそれとは違う、彼女の能力で。 ヴァンの頭の中はパンク寸前だった。 そして目の前に極彩色の光がそのばにうっすらと現れると、空間が歪み人の姿になる。 力を多量に使ったのか、少し息を切らしたジルハがその場に現れた。 「遅かったか――」 「ジ……ル」 「ユース……さんは?」 ジルハの問いにヴァンは首を横に小さく振った。 「間に合わなかったか――」 全てを理解していたかのようにジルハは諦めの声をだす。 「なぁ……御子に会わせてもらえるか?」 ヴァンはこうなった経緯を御子ならば知っているのではないかと思ったのだ。 突飛な言葉を訊きジルハは少し間を持って答えた。 「御子もそれを望めば……」 ジルハはアーチェを右手でゆっくりと起こした。 肋骨が折れている可能性もあり、行動は慎重に行った。唯でさえ支える手が一つしかない。 意識は無いが呼吸はしている。出血は無くとも油断は出来なかった。 「っ――アーチェはやばそうか?」 ヴァンは自身のジャケットの裾を破き左腕をきつく締め上げた。 これ以上血を流すわけにもいかない。唯でさえ頭が周っていなかったのだから。 「俺の力で治すことはできない。けど……一人しか連れて行けないかもしれない。 此処までくるのに結構力を使ったから――」 「……俺は平気だよ。お前は先にアーチェを飛空艇の……カナタに診せてやってくれ」 解った、と了承の言葉を残しジルハの周りが極彩色の光で包まれ二人は消えた。 魔術は成功したのだろう、だがもうヴァンはそれに気にすることまで出来なかった。 「……なんであいつなんだよ」 理解できないことばかりだ。破壊神――まさかと思っていた存在が彼女だった。 以前見つけた文献に書いてあった世界を壊すもの、本当に存在していた。 彼女の呪は解け、今はユースではない人格が支配している。 だったら彼女は何処に消えたというのだろうか―― 頭の中でぐるぐると解けもしない、結論も出ないことばかりだ。 いつの間にか足元に転がってきた石――球体の封印石をヴァンは手に取った。 禍々しさはもうなく、澄み渡るほどの蒼さだ。 封印されていた者が別のものへと移ったからだろうか―― 元凶となった石をヴァンはこのまま握りつぶしてしまいたかった。 「君が……ヴァン?」 そう名を呼ぶ方へヴァンはゆっくりと目を向けた。 そこには金色の瞳、同色の長髪を上のほうで結び一まとめにした女性が立っていた。 整った顔立ちに優しそうな顔つきだ。 何故この樹海にいるのかは知らないが、彼女はどこか御子――否、ジルハに似ていた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― |